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【自己責任分析7】デヴィ夫人ブログ「大それたことをした 湯川さんと 後藤記者」におけるコメントの批判的分析

投稿日:2016年2月25日 更新日:

前回に引き続いて、デヴィ夫人のブログ記事「大それたことをした 湯川さんと 後藤記者」を分析していきますが、今回はコメントを分類分けし、それに基づき批判的な分析を試みます。

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前回の記事

前回は分析対象にしたデヴィ夫人ブログ「大それたことをした 湯川さんと 後藤記者」の記事を取り上げて、なぜこの記事を批判的な分析対象にしたのか、その内容とは何か、記事本文の分析をしました。

【自己責任分析6】デヴィ夫人ブログ「大それたことをした 湯川さんと 後藤記者」の概要と内容分析

ISIL日本人人質事件の際に注目されたデヴィ夫人ブログ「大それたことをした 湯川さんと 後藤記者」の記事概要とその内容を批判的に分析したものです。

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Facebookに2万件以上もシェアされたこと、記事コメントで860件も集まったことなどがこの記事を分析対象にした理由で、内容は「人質となった二人は日本並びに国際社会に迷惑をかけた人質大事件についてどのように思うか?」といったものでした。

記事本文の具体的な分析は前回の記事を見てもらえたらと思います。

では、今回の本題に入っていきます。

記事コメントの分類

まずはコメントをデヴィ夫人の意見に①賛同②異論③別の意見④その他の4つに分類しました。

分類基準

①デヴィ夫人の意見に賛同:コメント内に「同意」といった表現を明確に述べているもの。一部、これらの言葉を用いてはいないが、デヴィ夫人と似た主張を主に表明するものも①に分類した。 例)支持、賛同、正論、同じ意見、その通り等

②デヴィ夫人の意見に異論:デヴィ夫人の意見には賛同せず、「自己責任」や「自業自得」ではない、助かってほしいといったことを指しているもの、記事内容の真偽を問うものなど。

③記事に関連はするが別の観点の論点やコメント:記事に含まれている「自己責任」、「中東地域への財政支援」、「ヨルダン国」、「ISIL」、「人質二名の親」などに関し、デヴィ夫人とは違った意見や感想を述べているもの。

④その他:①、②、③のいずれにも直接的に該当しないもの。 例)安倍政治への不満、メディア批判、人質事件に関して良し悪しの判断を付けられないといった趣旨の発言。

分類した結果が図3です。

f:id:toshitiru:20160222051557p:plain

860件中641件(78%)もの人がデヴィ夫人の意見に賛同、②の異論が16 件(2%)、③の別の観点が102 件(12%)、④のその他が63 件(8%)でした。

かなり賛同意見が多い結果となりました

が、こういったブログにコメントする人はもともとファンの方などが多いかと思われることと、記事内容が二人の人質に対する批判的なものですからそれに同調した人しか賛同意見として書き残さなかったとも言えそうです。

当然ではありますが、コメントは一言のみ同意を表明するものから長文のものまで様々であり、それぞれの観点が一つのコメントに含まれるものもありました

しかし、ここではあくまでコメント全体としてどのような内容であったかを示すに留めるだけで十分だと判断したため、 大まかな分類しか行っていません。

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記事コメント内における「自己責任」の使用語数

次にコメントで「自己責任」に関連する言葉(自己責任、責任、無責任、自業自得)がどの程度用いられたのかを調べました。

その結果が以下の図4です。

f:id:toshitiru:20160222053210p:plain

コメントでは、「自己責任」という言葉が最も多く使用され860 件中124 件と1割以上のコメントにおいて言及されました

「責任」は 56 件と「自己責任」より使用回数が少なかった一方、家族に対しても自身の発言に対しても「無責任」だとする意見も一部見受けられました。また、「自業自得」という言葉も「自己責任」よりも語数は少ないですが非難を表明する言葉として用いられていました。

「責任」「非難」を表明する言葉が 860 件中216 件と、概算で4分の1のコメントにて言及されたことになります。

記事における「自己責任」の意味分類

今度は「自己責任」がどのような意味合いで使われていたのかを文脈から分析し、大きく4つ(リスクマネジメント、非難、リスクマネジメント+非難、その他)に分類してみました。

分類基準

①リスクマネジメント:危険地域に自らの意志で赴いたことに対する「責任」を指すもの。

②非難:リスクマネジメントを問うことなく、道徳的責任を指すもの。例)「100%自己責任の何者でもない」など特に「自業自得」と置き換え可能で、具体的なリスクマネジメントといった「責任」概念に対する言及がないもの。

③リスクマネジメント+非難:①と②の両方の意味における「責任」を問うもの。例)「軽率な行為なので自己責任」など、「軽率」といった非難を意味する価値判断がリスクマネジメントと共に言及されているもの。

④その他:「自己責任」の定義や言葉そのものなどを意味するもの。 例)「自己責任論」

表1 自己責任の意味分類
リスクマネジメント 非難 リスクマネジメント+非難 その他
50 13 46 33

意味分けが難しいものもあったのですが、おおよその分類分けは出来たかと思います。

こうして表1の結果を見ると、思ったよりただの「非難」で「自己責任」が使われているケースは少なかったということですね。

やはり、「リスクマネジメント」としての意味合いが強かったという印象です。

一概に「自己責任」という言葉を使ったから批判すればいいというものでもないのが、少しでもデータを取って見ると分かることだなと思いました。

コメントの分析に前に

ここから批判的にコメントを取り上げはしますが、ここではあくまでこの事件における「自己責任」概念がどのような意味や意図の元で用いられているか、またこの言説を再生産する要因とは何であるのかを考察するためのものです。

人質となった二名の「自己責任」なのか否か、また取り上げたコメントの是非を決めるために分析を行うのではないということを明記しておきたいと思います。

「自己責任」と「無責任」

「自己責任」に関するコメントを分析していくと、人質となった二人の「自己責任」であると述べる人と彼らの「自己責任」では済まされないという言及が見られました。また、それ以上に「無責任」であると指摘する声もあります。

これは一見すると相反することが述べられているようですが、両者に共通するのは人質二人に対する「責め」を表していることです。順にそれぞれを代表するコメントを取り上げ、検証してみましょう。

人質となった二人の「自己責任」?

「人質の自己責任」という意見

『同感!!!!!!』

私もそう思います。

自分から危険な地域に行ったのに、何で、国が責任を取らないといけないのか。と思います。

あなたのために、日本は多額のお金、時間を取られるのです。

後藤さん、解放されたら、どんな顔をして日本に帰って来るのでしょう。自己責任です。

デビ夫人、誰も心では思っていても、言えなかったのに。

後藤さんの自己責任なんです。

日本や政府に迷惑かけないで。

このコメントにおける「自己責任」は後藤さんが負うとしている「責任」と政府における「責任」が対比して用いられています。その上で、今回の事件における「責任」は「自ら」危険地域へ乗り込んだ後藤さんにあり、政府が負うものではないとしていますね。

このコメントにおいて後藤さんにどのような果たすべき役目があるかは述べられていないため、この「自己責任」は後藤さんがビデオメッセージにて述べた「責められるべき」対象としてその「責任」を負っていると解釈できそうです。

しかし、だとすればこのコメント内における後藤氏の「自己責任」とするものと政府の「責任」とするものは同じ「責任」という言葉を用いていてもその指し示す意味内容が異なっています。それにも関わらず両者を混同して用いているため、それぞれの立場におけるこの事件の「責任」とは何であったのかといった具体的な問題を議論するには至りません

また、注目すべきはこのコメントにおける「自己責任」は「自業自得」にも言い換えられることです。そのため、このコメントは『「自己責任」の意味分類』にて「非難」に区分しています。

このように文脈によっては「自己責任」という言葉には具体的な「責任」内容が明示されておらず、「非難」の装置として機能しているものが見受けられます。

「自己責任」では済まされないという意見

『同感です。』

まったく同感です。

自分達の勝手な行動が、どういう事になるか?どれだけ危険な国か?予見出来なかったのか?自己責任なんて甘い言葉で済まない事を、ジャーナリストなら心得ていたはず。国民、政府ばかりでなく、国際社会、殊にヨルダンには 多大な迷惑をかけたことを、 命のある彼は、どう責任をとるのか?命は尊いのは当たり前。しかし、これだけの事態に親が命請いなんて出来ない事だと思う。自分が母親として同じ立場なら、ただただ詫びるだけで、命請いなど出来ない。母親なら腹を括って絶えないと。彼女の言葉に愛を感じないのは私だけだろうか?

このコメントでは「国民、政府ばかりでなく、国際社会、殊にヨルダンには多大な迷惑をかけたことを、命のある彼は、どう責任をとるのか?」と述べられている通り、事態は「自己」で負える「責任」を越えてしまっていることについて言及しています。

この文脈における「自己責任」とは、後藤さんがビデオメッセージにて述べた「責められるべき」対象は「自分」にあると言ったものとは異なり、何かを起こした際に個人が請け負うことができる「責任」を指しています

つまり、起こしてしまった問題を一個人のみで解決できることが、この「責任」が指し示す具体的な内容だと言えます。けれど、そうした「責任」が負えないことはこのコメントでも指摘されていますね。ということは敢えて出来ないと分かっていながら言及していることになります。

よって、この「自己責任」は『「自己責任」の意味分類』にて「リスクマネジメント+非難」に区分しました。

人質となった二人は「無責任」?

人質は「無責任」であるという意見

『日本が狙われる危機』

痛み分けや、かわいそうなど、感情論で言ってはキリがない問題に発展していると思います。

私は日本・日本人がこれからテロに狙われる可能性が今回の件でとても高くなったと思っています。

なんて湯川さん、後藤さん、なんて無責任な方々なのだろうかと正直思ってしまいます。

後藤さんの母に至ってはもう…。

また、ツイッターでイスラムなどを挑発しているという愚かな平和ボケな一部日本人によ り、イスラムが日本を敵国と認識しテロなどに合う可能性をあげましたよね。

デビィ夫人のご意見、よくわかります。

日本人はよく考えるべきだと思います。

このコメントでは、1文目にてもはや問題は人質に対し同情を寄せる感情的なものでは済まない、つまりより深刻な問題に発展していると述べられています。その問題とは日本・日本人がテロに巻き込まれる危険性が二人の行為により高まったということです。

こうした事態を引き起こすきっかけとなった人質二名に対し「無責任」だとしているのがこのコメントですね。

コメントの最後にある「日本人はよく考えるべきだと思います。」という発言はデヴィ夫人の記事における「皆さんも、センチメンタルに浸っているだけではなく、事件の神髄を知るべきです。」と呼応しており、デヴィ夫人の意見に同意を示しています。

同情でもなく、二人のリスクマネジメントに関して言及するわけでもなく、自身を含む周囲を巻き起こす事態に発展するきっかけを作った人質に対し「非難」の言葉を投げかけていることが分かります。

「自己責任」と「自業自得」

前述の『同感‼‼‼』で取り上げたように、「自己責任」という言葉は「自業自得」に近い意味合いを持つ場合がありました。

「自業自得」が用いられたコメントを取り上げ、「自己責任」 の意味合いとの比較検討を行ってみましょう。

「自業自得」だとする意見

『スッキリしました!』

連日報道されていますが、テレビを見ていて、一刻も早く、救出などの言葉が飛び交っていて、納得がいってませんでした。デヴィ夫人の問いかけにスッキリしました!私は自業自得だと思います。行くなと行ってそれでも行く人は自己責任だと思います。助けを求めるのであれば家族はしがみついてでも行かせないべきです。国が動いてる動力をな ぜ救出にと思います。国からの派遣で行った方は救出に全力を注ぐべきだと思 います が。今の日本の騒ぎ方はヨルダンの方々に失礼だと思います。

このコメントにおいて前提となるのは、人質自身が自由意思のもと行動したということ
です。その結果引き起こした事態であるのだから本人たちにはそうした事態が起こりうる可能性を受け入れる「責任」があるということになり、それがこの「自己責任」が指し示す内容です。

しかし、それでもなお「責任」が具体的に指し示す内容は明示されてはいません。後半における「助けを求めるのであれば家族はしがみついてでも行かせないべきです。国が動いている動力をなぜ救出にと思います。国からの派遣で行った方は救出に全力を注ぐべきだと思いますが。」というコメントから解釈を試みると、自分で危険地域へ向かった者は日本政府が助ける必要はなく、自力で助かる方法を探す他ない、それが「自己責任」だとするものではないでしょうか。

つまり、前提として自ら悪い事態を引き起こした「自業自得」があり、その解決策は「自己責任」の元に誰からも助けを求めるべきではないということになります

「責任」の所在

しかし、ここでもまだ疑問は残ります。

  • 仮に人質の「責任」はそうだとしても政府の「責任」はどのように考えるべきなのか?
  • 「非難」の「自己責任」が言うように政府は「自業自得」である人質には何もする必要はないのか?

ということなどです。

つまり、それぞれの立場における「責任」とは何であり、最終的に「責任」を負うのは誰で、その内容はどのようなものになりうるのかということになります

そして、そうしたことを明らかにした上でどうすべきだったのかといった議論が展開されるはずです

そこで、コメント内にて「自己責任」 における主体と具体的な責任内容が明記されているかを分析したのが以下の表です。

表2 「自己責任」の主体と責任内容の有無
明記あり 明記なし
主体 52 90
「責任」内容 7 135

 

表2の通り、両者とも「明記あり」より「明記なし」の数の方が多かったです。

特に具体的な責任内容が明記してあるコメントはたった 7 件のみでした。

 

「責任」内容の明記なし

『無題』

その通りですね。

私はニュースを知った時、物凄く恐ろしいことが起こったと思い毎日ニュースをチェックし無事を祈っていました。

でも、今このブログを拝見し冷静に考えれました。自己責任ですね。

誰かに頼まれたわけでもなく優先順位が我が子、嫁より他人ってわけですもんね。死にに行ったと言っても過言じゃないですね。

 

このコメントにおける「自己責任」は最後の「死にに行ったと言っても過言じゃないですね。」という発言と「自業自得」という言葉にも置き換えられることから「非難」の意味に区分しました。「自己責任」という言葉が単発で使われており、主体もその「責任」を指し示す内容も明示されていません。

 

「責任」内容の明記あり

『重みが違う』

国民の多くが思っていても、誰も口に出来なかったことを代弁して下さったと思います。

紛争地へ行くことで誰にも迷惑をかけないということは、無事に帰ってくるか、自己責任のもと自らの命も捨てる覚悟を持つしかないのですね。家族も、容認した、止められなかった時点でおなじこと、と。

夫人ご自身のエピソードを読んで、私達はまさしく平和ボケが過ぎるのだと自覚致しました。自分に限って大丈夫という過信は、あまりにも無責任ですね。

この記事は良くも悪くも反響が大きいことと思いますが、例え批判が大きくてもこの記事は消さずにいてくださればと願います。とても大切な事が書かれていると感じるので…。 失礼いたしました。

このコメントにおける「自己責任」とは、自らの命を捨てる「覚悟」を持ち実践することであると考えられます。「リスクマネジメント」にも「非難」にも一概に属すとは言い難いため「その他」に区分しました。

このように、「覚悟」の有無について言及するコメントが比較的多くありました。

今回のまとめ

以上が特徴的なコメントの紹介とその分析になります。

次回はこの分析を踏まえ、今回の事件における「自己責任」概念に迫っていきます。

物議をかもしたデヴィ夫人の「いっそ自決してほしい」発言と最後のコメントに見られたような「覚悟」は繋がりがあるように見受けられます。

「覚悟」と「自己責任」の関係を考察し、最後に言語学的には「自己責任」にはどのような特徴があるのかを「名詞化」と「多義語化」という観点からも考察していきます。

次回でいよいよ最後です!

では!

 

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知識と知識が繋がった瞬間がたまらなく好きな凝り性。冊子制作で学んだ取材・記事執筆やデザイン制作のスキルをWeb上にて、学問的なものを発信することに役立てられればと思い活動している。

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