これからの教養を考える としちるのブログ

つれちる雑記

規範が作られるプロセスと責任/自己責任についての雑感

投稿日:

思想γ2017シリーズで語ってきたように、「如何に生きるか?」という問いのもとに、何かしらの共通規範のようなものが作れるのではないかと考えているんですね。

先日、そんな僕に対して現実と仮想の「デジタルネイチャー」な世界を目指す落合陽一先生が掲げるような「多様性」のあり方に賛同する人にいろいろと聞かれたことがあります。

「どうして共通規範を作りたいと思うんですか?」

その他にも「無責任」とか「責任」の概念についても突っ込まれたので簡単に答えてみます。

共通規範となるような原理とプロセスを描きたい

厳密に言うと「共通規範を作りたい」というよりは、コミュニケーションをお互いにし合う中で何かしらの「規範」は作られる続けると考えているんですよね。

例えば、まさしく「ことば」もそうだと思うんですけど、社会言語学的には標準語なるものはありません。

何かが「標準」なるものを決めているんですよね。それに、ことばは時代の流れの中で変遷していきます。

「ことば」がそもそも通じるのも、文法や単語のように「規範」が形作られていると思うんですよね。

だから、規範を作りたいのではなくて、コミュニケーションする以上、つまり生きる以上は勝手に規範は作られるのだから、そんな規範が作られたという結果よりも「プロセス」がなんなのか知りたいと思っています。

そもそも生まれた時点でオリジナルな存在なんだから、多様性にすでに満ちているわけで、その上でそんな多様性が保証されるためのギリギリのラインとしてなんらかの原理を考えることができるはず。

そして、今僕がそんなギリギリのラインとして考えられるかもしれないと思っているのが「自由の相互承認」という概念なわけです。

詳しくは以下の記事参照。

責任と自己責任

「みんな違ってみんないいというのは無責任だみたいな感じだと思っているってことですか?」とも聞かれたんですが、これまで書いてきたようにあくまでお互いの自由を承認しあえたらいいよねって話しまでで、特にその点に関して無責任うんぬんは思っていません。

おそらく聞いた話をちょっと誤認していると思ったんですが、一応、責任に関しては考えていることがあるので書いてみます。

というのも、以前、論文のテーマにしたほど「責任」に関しては自分のテーマとしてあるんですね。

参考【要点】2015年IS日本人人質事件における自己責任言説の分析まとめ │ Discourse Guides

論文でも書いていないんですけど、僕が思う責任ってのは「決断」に伴って生まれるものなんです。

というのも、「誰それの責任」と言うためにはその「誰それの意思決定」で下したものであるというのがあるかと思います。

この「意思決定」がどれほど自由な意志のもとで下されたものであることが重要なはずです。

そして、そんな意思は自分の欲望から生まれたものですよね。どんな意思であろうと、その意思がもし自由な意思でなされたものであるなら、それはやはり尊重するに値することだと思うんです。

例えば、2015年のイスラム国に乗り込んだ後藤さんらは結果的には人質となり、日本が身代金を要求されるきっかけを生み出した大きな要因であるのは間違いないと思いますが、「どんなことにあろうと自分が自分であろうとした結果」起こした行動だったからこそ、ビデオでも「何かが起こってもイスラム国の人々ではなく自分の責任なんです」と言ったのではないか思います。

もちろん、結果としては大きな影響を日本のみならず及ぼしたことと思いますが、そこで議論にあがるのは後藤さんの「自己責任なのか否か」ということだけではなく、イスラム国はなぜそのような状況になってしまい、これから日本国もどのように社会制度的に対応するのかということを多角的に考えることが争点にあがるのではないでしょうか。

そういった意味では、ただの判断ではなく、自分の自由意志に基いて覚悟を伴った決断をしてはじめて自己責任と「自分で」言及できるのではないかと思うんです。

これが、僕が暫定的に考える責任と自己責任の姿です。

おわりに

いろいろな考え方もあると思いますけど、勝手に規範は作られていくから規範抜きの「多様性」はそもそも原理的にありえない、そして責任とは自由意志に基いてなされる決断に付随するものという仮説、ってな感じでしょうか。

だからこそ、ちゃんと自由な欲望を各々が持っているし、承認し合えるような関係性を持ち、かつ何かしらの政治的判断を下す際の「責任」を如何に捉えるかという問題は重要な論点でもあるんじゃないかと思っています。

まだまだ勉強しなくちゃなんですけどねここらへんは。

ではでは~

蛇足ですけど、「多様性の負の側面」にも言及しているこの記事を最後にあげておきます。こういった視点もすごく大事だなぁと思う次第です。

参考違いとか多様性って、コストがかかると思いませんか──? 東京大学准教授・中原淳さん×株式会社Wasei代表取締役・鳥井弘文さん │ サイボウズ式



学ぶ編集者

としちる

日本サッカー協会に入るため筑波大学体育専門学群を目指すも、受験前に父親が逃亡し、やむなく部活を辞める。教材費と受験費を稼ぐためにバイトしながらの宅浪生活を2年間送った後、国際総合学類に入学。タイにて日本語指導と留学も経験。帰国後、「人から始まる学問の見える化」を旗印とした『入門学術メディア Share Study』を創設。運営サイトは4つ、記事執筆数は250以上、イベント運営に携わった数は50以上(17年8月現在)。最近、VALUも動かしてます。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

Twitter で

「教養」をテーマにフリーランス系アカデミアンとして活動するとしちるのLINE@を始めました。ブログやTwitterではなかなか語れないことやLINE@登録者限定の資料も公開していく予定でっす!つれづれちるままに基本不定期更新で、執筆した記事をまとめて配信。確実に購読して、よりよく生きたい方どうぞ登録してやってくださいーッ!

-つれちる雑記
-

Copyright© TIRU LABO , 2017 All Rights Reserved.