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【自己責任分析5】自己責任はどのような背景の元に用いられていた言葉か?

投稿日:2016年2月23日 更新日:

【自己責任分析4】批判的談話分析(Critical Discourse Analysis: CDA)の概要と分析者の立ち位置

批判的談話分析(Critical Discourse Analysis: CDA)を野呂佳代子さんの『「正しさ」への問い』を参考にしてCDAの概要をまとめたものです。自己責任分析を行う上での一環として紹介しています。また、分析を行う上での分析者の立ち位置にも触れています。

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今回から徐々に内容に踏み込んでいきます!

厳密な概念定義というわけではありませんが、「自己責任」という言葉がISIL日本人人質事件で用いられていく前にどれほど使用されていたのか?またどのような背景があったのか?をデータを元に考察していきます。

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朝日新聞における「自己責任」使用語数の変遷

まずは実際に「自己責任」という言葉がどのように使用されてきたのかを朝日新聞のデータベース「聞蔵」を参照して調べてみました。

すると面白い結果が出てきます。

 

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図1を見て分かる通り、1980年代後半からグーンと用いられるようになっていったのが見て取れます。

そして、1991年から2014年までの詳細な推移グラフが次の図2になります。

 

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1998年に最初のピークを迎えその使用数は約600件、次のピークは2004年約800件となります

2004年の数値は明らかにイラク日本人人質事件の影響ですね。

この時に当時の外務事務次官であった竹内行夫が 2004 年 4 月 12 日の記者会見にて、「自己責任」の原則に則って各自で安全を確保することを述べたことをきっかけに「自己責任論」が巻き起こったとも言われています*1

この事件の影響で「自己責任」は2004年のユーキャン新語・流行語大賞トップテン入りを果たしました。

日本における「自己責任論」

二つの図が示しているように、「自己責任」という言葉が新聞にて数多く用いられるようになったのはおおよそ1980年代後半からだということが分かります。

実は、この言葉が広辞苑に登載されたのも 2008 年に発行された広辞苑第6版からであり、広辞苑第5版には載っていません。また、同様に2006年に発行された国語辞典の「大辞林」にも「自己責任」は載っていません。

このように「自己責任」という言葉は比較的新しく認知され、一般的に用いられるようになった言葉であると言えます。

朝日新聞で初めてこの言葉が用いられたのは1962 年の社説「産業界は自己責任制を固めよ」が最初でした。 以下がその記事内容の一部です。

自由経済の本質は企業の自己責任制にある。この点がこれまで為替管理と高率関税という温室的保護の下で、とかく明確を欠いていたが、今後はあくまでこの原則を徹底させ、企業の安易な経営態度には反省が求められねばならない。

ここで述べられているように、「自己責任」という言葉は「自己責任の原則」として経済的な用語で最初は用いられていました。

その他にも、生活保障格差問題、健康管理や危険箇所へのレジャー問題、果ては犯罪における被害者の不注意などを指摘する上でも「自己責任」という言葉が用いられるようになっていきます*2 。

先ほども述べた通り、2004 年に起きたイラク日本人人質事件でも自己責任論が巻き起こりました。こうした背景のもと、2015 年の ISIL 日本人人質事件でも人質 2 名の自己責任か否かという自己責任論が再び巻き起こるに至ったというわけです。

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余談:今後に向けた仮説

今回の分析ではほとんど触れていませんが、この言葉が広く用いられ始めた1980年代後半は「新自由主義」「インターネット」が登場し始めた時期と重なります。

「新自由主義」と「自己責任」

だからといって、それらが「自己責任論」を巻き起こしたというのは早計ですが、何らかの関係性が見て取れるのではないかと睨んでいます。

なぜかと言うと、「新自由主義」とはかつて小泉元首相が行ったような行政の構造改革に代表されるように「政府はなるべく関わらず市場原理に任せる」ことが標榜されています

つまり、これは俗にいう「小さな政府」ですね。こうした政治的情勢下の中で様々な報道や各企業ならびに個人へと、その改革に合わせた動きが急き立てられたはずです。

そこで登場したのが「自分の身は自分の身で守る」という「自己責任」の原則なのではないかということです

一種の「新自由主義」という名のイデオロギーがこの「自己責任」という言葉に潜んでいるのではないかという仮説を立てています。

ですが、上述したようにきちんと政治家などの発言などを質的に分析して、さらにそれに対しどのような反応があったのかという量的な分析、また歴史的な比較などしてみないとハッキリとは分かりません。

ですから今回は時間的な制約もあり、省いた上での分析を行いました。

「インターネット」と「自己責任」

また、インターネットに関してもヤコブソンという言語学者のコミュニケーションモデルに当てはめると「情報伝達モデル」という個人主義的な価値観に繋がるとされるものだと言えます

なぜかと言うと、電子回路等によってなされるコミュニケーション(例:メール、ブログ)はその媒介物とされる接触回路(例:パソコン、スマホ)やコード(例:文法)に焦点が当たり、言葉そのものや情報は周辺化され、情報のコンテクストよりも話し手や受け手といった個人が浮き彫りになるためです。

ここら辺も突き詰めていくと、「メディア」、「個人」、「共同体」、「本音と建て前」といった話にどんどん膨れていって収集が自分の中でもつき切れていないのでまた別の機会で記事にしていきたいと思います。

というわけで次回からは、実際にISIL 日本人人質事件において注目されたデヴィ夫人のブログ記事「大それたことをした 湯川さんと 後藤記者」に焦点を当てて分析をしていきます。

では!

【自己責任分析6】デヴィ夫人ブログ「大それたことをした 湯川さんと 後藤記者」の概要と内容分析

ISIL日本人人質事件の際に注目されたデヴィ夫人ブログ「大それたことをした 湯川さんと 後藤記者」の記事概要とその内容を批判的に分析したものです。

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【自己責任分析0】独立論文を書いた反省とまとめ

全8回に渡って書いてきたISIL日本人人質事件における「自己責任分析」の反省とまとめです!

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*1:2015 年 2 月 4 日朝日新聞朝刊 4 ページ(2015 年 2 月 4 日)『衝撃「イスラム国」人質事件 過去の教訓 1』 

*2:2011 年 12 月 25 日朝日新聞朝刊「(取材メモから 2011 年)別府秘湯事件が解決 自己責任論の定 着、疑問」 別府秘湯事件とは、2010 年 9 月、別府市の「鍋山の湯」付近の山林で、温泉巡りに来ていた女性看護師 (当時 28)が殺害されているのが見つかった事件であり、「夜に一人で歩くのが悪い」、「無防備過ぎた」 などといった批判が起こった。

ブログ管理人

としちる

知識と知識が繋がった瞬間がたまらなく好きな凝り性。冊子制作で学んだ取材・記事執筆やデザイン制作のスキルをWeb上にて、学問的なものを発信することに役立てられればと思い活動している。

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