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【自己責任分析0】独立論文を書いた反省とまとめ

投稿日:2016年2月27日 更新日:

ども!勢いよく書き始めてみたもののまだまだビビり気味なとしちる@ture_tiru)です。

記念すべき100記事目!これまでの分析の反省と各記事の概要をまとめました!

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いろいろな反省

良かったら疑ってください!(ひぃー)

まずは、査読を受けて精査を受けていないような記事を論文と称して記事にしていったことは態度としてはあまり良くなかったかもしれないと思っています。

ただ、ネットに挙げられているちょっとした意見よりかは全体的に体系立てて考察できたはず…なのではないかと。笑

ですが、問題としては言語学的な知見が少ないのにも関わらずに思い切って書いていったことにあるかもしれません

もし間違った解釈があれば指摘して頂けると嬉しいです。

というのもここに書いていった目的としては、表に晒していくことで見えてくる知見もあると思ったからです。

厳密に言うと、それぞれの解釈にも危ういところがあると自覚しています。

ですので、おこがましいかもですが読んで頂いている方にもまずは是非疑ってみてもらえたらなと思います*1

というのも僕が主に参考とした批判的談話分析(Critical Discourse Analysis:CDA)というのも分析者が表だっていくもので、主観的な要素を排しきることはできないものです。

【自己責任分析4】批判的談話分析(Critical Discourse Analysis: CDA)の概要と分析者の立ち位置

批判的談話分析(Critical Discourse Analysis: CDA)を野呂佳代子さんの『「正しさ」への問い』を参考にしてCDAの概要をまとめたものです。自己責任分析を行う上での一環として紹介しています。また、分析を行う上での分析者の立ち位置にも触れています。

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それに関しては客観性を重んじる学問という名を関する限りでは誤った考えをもたらすとして逆に危険視されています

だからこそ、間主観性が重要なのではないかと考えています*2

新聞について

今回、自己責任がどのように用いられてきたかを朝日新聞の例で示してみました。

【自己責任分析5】自己責任はどのような背景の元に用いられていた言葉か?

ISIL日本人人質事件の自己責任を分析するに当たって、そもそもそれ以前にどのように「自己責任」という言葉が語られてきたのかを朝日新聞のデータを参考にした考察を行っています。

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ですが、実は他の新聞も同様に比較してみるとまた異なった結果が見られます。

本来であるならば、日本で全国紙として展開されている主要5紙(朝日、読売、産経、日経、毎日)辺りは網羅的に分析していく必要があるはずです。

海外にいたこともあり、分析しきれませんでした…反省しています。

言説を批判することによる逆説的なデメリット

例えば、女性の社会的価値がこれまで蔑まれてきたのだから反対に男性の価値を蔑むことが正当化されてしまうというのはそれはそれで問題です

やったらやり返すオウム返しのようなことになってしまっていたら、根本的な問題は解決していかないと考えています。

ですので、「自己責任論」を批判的に論じるということは同様な結果をもたらす可能性があります。

そうはならないように気を付けたつもりですが、言葉足らず、もしくは無意識化に(と言ってしまうのも言い訳か?)批判してしまっているかもしれません。

もしそうなってしまっていたら謝ります。

自己責任分析記事(独論)のまとめ

ISIL日本人人質事件から1年を振り返る

最初は人質となった湯川さんと後藤さんらが人質となっていることが判明してから1年が経った時に、どのような経緯でこの論文を書いていったのかを振り返っています。

【自己責任分析1】あれから1年-イスラム国日本人人質事件を振り返る

ISIL日本人人質事件における自己責任分析1記事目。概要などを簡単に紹介しています。

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事件概要

2番目はどのような事件だったのかを「邦人殺害テロ事件の対応に関する検証委員会」の検証報告書を主に参考にしながらまとめたものです。

様々な憶測が飛び交っていますが、二人の渡航目的など確かなことは分からないという前提に立っています。

【自己責任分析2】「イスラム国日本人人質事件」概要

ISIL日本人人質事件における自己責任分析2記事目。事件がどのような背景のもと推移していったかをまとめています。

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自己責任論の問題点

以下のような4つの問題意識を持ってそれぞれ解説したのが、3つめの記事です。

問題意識
  1. 「責任」が何を指しているのかそもそもよく分からない。
  2. なんでよく分からない「責任」に「自己」を付けているのか?
  3. 「自己責任」が言説として力を持っている。
  4. ただの「非難」として使われている場合がある。

 

【自己責任分析3】自己責任論の何が問題なのか?

ISIL日本人人質事件における自己責任分析3記事目。「自己責任」という言葉にどのような問題意識を持ったのかを紹介しています。

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研究方法:CDAの紹介と自分の立ち位置

研究方法として参考にしたCDAを野呂佳代子さんの「正しさへの問い」を基にして概説し、自分の意見も述べています。

【自己責任分析4】批判的談話分析(Critical Discourse Analysis: CDA)の概要と分析者の立ち位置

批判的談話分析(Critical Discourse Analysis: CDA)を野呂佳代子さんの『「正しさ」への問い』を参考にしてCDAの概要をまとめたものです。自己責任分析を行う上での一環として紹介しています。また、分析を行う上での分析者の立ち位置にも触れています。

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自己責任はどのように使われてきたか?

具体的に「自己責任」を定義するのではなく、新聞上でどれくらい用いられてきたかをデータで示してみました。

論文では触れていない「自己責任論」の前提としてあるであろう「新自由主義」「インターネット」の関係についても仮説として書いています。

【自己責任分析5】自己責任はどのような背景の元に用いられていた言葉か?

ISIL日本人人質事件の自己責任を分析するに当たって、そもそもそれ以前にどのように「自己責任」という言葉が語られてきたのかを朝日新聞のデータを参考にした考察を行っています。

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デヴィ夫人のブログ記事本文の批判的分析

ここから具体的な分析に入っていき、まずはブログ記事本文の概要とその批判的分析をしています。

【自己責任分析6】デヴィ夫人ブログ「大それたことをした 湯川さんと 後藤記者」の概要と内容分析

ISIL日本人人質事件の際に注目されたデヴィ夫人ブログ「大それたことをした 湯川さんと 後藤記者」の記事概要とその内容を批判的に分析したものです。

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デヴィ夫人のブログ記事コメントの批判的分析

次に記事に直接つけられたコメントを文脈上の意味で分類し、特徴的な例を引用して批判的分析を試みています。

【自己責任分析7】デヴィ夫人ブログ「大それたことをした 湯川さんと 後藤記者」におけるコメントの批判的分析

デヴィ夫人ブログ「大それたことをした湯川さんと後藤記者」のコメントを分析したもの。コメントを文脈から4分類分けし、具体的な事例を取り上げて批判的に分析していきます。

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今回の事件における「自己責任」概念の考察

最後にこれまでの分析等を基にして、そもそも後藤さんが言い残した「責任」とコメントで散見された「覚悟」の関係からデヴィ夫人の「いっそ自決してほしい」発言が出たのではないかということ、さらに言語学的に「名詞化」「多義語化」がこの言葉をややこしくしているのではないかということについて考察しています。

【自己責任分析8】ISIL日本人人質事件における「自己責任」概念の言語学的な考察とまとめ

全8回に及ぶISIL日本人人質事件の自己責任分析記事の最終回です!言語学的にも「自己責任」についての考察を行いました。まだまだ未完的な要素はありますが、ひとまずこれでフィナーレです。

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最後に-目的と意義

なぜわざわざこのような記事を書いていったのかを説明させてください!

用いた研究方法であるCDAでは研究の目的として「社会的不平等を是正し、人々のリテラシーを高める」としています。

その延長線上として、講演会を開くなどの実践的活動をすることも研究の一環であるとしています。

少しおこがましいかもしれませんが、実際に細やかに分析してみないと見えてこないものがあるはずです。

この記事の2ページ目冒頭で「スローな時間軸で考えることの価値」として、多くの人はできないし営利的とも言えないが確かにある価値について紹介されています

今回のものはそこまで大きなスパンで考えられたものではありませんが、研究をしていくということは同様に時間がかかることが多くあります。

ですが、それでも確かに価値のあるものだと思いますし、せっかくそうして時間のかけられてきたものならば積極的に表だって主張していってもいいのではないかと個人的には考えています。

これからそうした活動をしていく一環として実験的にこの一連の記事を書いてみました。

至らないところもあるかと思いますが、少しでも参考になれば幸いです。

では!

*1:間違いがあれば直していきます。

*2:ざっくばらんに言うと、複数の主観を介して成り立つものこそが実際の認識が成り立つ根幹になるというものだと理解しています。が、これまた哲学史上としても様々な議論を経て至ったフッサールの「現象学」を元にしており、さらにここから議論は展開されています。ですが、そのすべてを僕自身がカバーすることはできていないため厳密には間違っていると自覚しています。ですので、あくまで暫定的にそう仮説立てていると思って頂けたらと考えています。

ブログ管理人

としちる

知識と知識が繋がった瞬間がたまらなく好きな凝り性。冊子制作で学んだ取材・記事執筆やデザイン制作のスキルをWeb上にて、学問的なものを発信することに役立てられればと思い活動している。

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