これからの教養を考える としちるのブログ

哲学

哲学とは学問としての「智」を「愛」するということ。

投稿日:2015年12月15日 更新日:

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今日の結論

哲学とは「智」を「愛する」こと!

荒木ちる彦「何を書いても哲学になってしまう。」

いろいろ哲学について語っていますが、僕が書いている内容というのは学問チックな「哲学」とは言えません。

「人生哲学」だとかいろいろ言われていますが、そもそも「哲学」ってなんなのでしょうか?

「哲学」の辞書的意味

『日本国語大辞典』によると、

世界や人生の究極の根本原理を客観的・理性的に追求する学問。とらわれない目で事物を広く深く見るとともに、それを自己自身の問題として究極まで求めようとするもの。(以下略)

自分自身の経験などから作り上げた人生観・世界観。物事に対する基本的な考え方。理念。

と記載されています。

②はまだ分かりますが、①はパット見分かったような分からないような感じになります。笑

要するに、「いったい『どこに』正しさがあるのか」という問いかけですかね。それが、客観的・論理的に「正しく」あることを目指す学問だと言えるかと思います。

そうだとすると、ちょっとこの説明に違和感がある方もいるかもしれません。

客観的と言っているのに、①では「自己自身の問題として」、②では「自分自身の経験などから作り上げた」などと書いてあるからです。

ですが、①において「自己自身」としたことの意図は分かります。だいたい学校で習う哲学はそれを話した「哲学者」に焦点が当たることが多いように思えます。ある意味でそれは正しいです。何故かと言うと、哲学はその人が生まれ育った環境に依存して展開されていることが多いからです。

ですから、ただ単に哲学用語を学ぶだけでなく、なぜその人がそのようなことを言い出したのかということを理解することは、よく分からない言葉だらけの哲学をよりリアルに感じさせてくれます

ですが、焦点を当てるならその人自身というよりもその人が抱いた問題意識の方がより分かりやすいですね。

例えば、フランスの哲学者フーコーは同性愛者だったため、当時の社会的に抑圧される状況に問題意識を持つようになりました。そこで彼は「性」やそうしたものを抑圧する周りの「権力」「知」そのものに対する思索を深めていきます。

そう理解しておいて彼の言いたかったことを考えると、共感できたりして何を言いたいのかが少しつかみやすくなります。

哲学とは「学問」そのもののこと―「愛智」としての哲学

①の意味は以下に続きます。

(中略)古代ギリシアでは学問一般を意味していたが、のち諸科学と対置されるようになった。論理学、認識論、存在論、哲学史、倫理学などの諸地域を含む。

もともと哲学とは学問全体を意味していたんですよね。

よく言われているように、哲学の語源であるギリシア語の「philosophia」「愛智」という意味です。つまり、「智そのものを愛する」ということ。

「智」とは、「知」よりもより正しさを求めるというニュアンスがあります。つまり、「知」は情報に重点が、「智」はさらに価値判断が意味合いとして含まれているということですね。

ですが、段々と学問が体系化されていくことによってその意味合いというものは変化してきました。もともと「哲学」というものはギリシアのソフィストが街中で語らっていたように大衆に開かれたものだったんですよね。

そう考えると今の「哲学」に対する状況というものは少し物悲しく思えてしまいます。

Googleのある幹部が語っていたそうですが、Googleの目的の一つとして「人間には労働以外にもっとやるべきことがある」としてIT技術に力を注いでいるそうです。

これから、ロボットがもっと労働環境に導入されていくでしょう。その時に、人はどのように生きていくべきなのかといったことがもっと問題として明るみに出てくると考えています。

まとめ

哲学とは元はこうした「智」を愛するもの、つまり「学問」そのものを賛美するものであったのです。そして、それは決して特別な人だけでなく全ての人に通じるものとしてありました。そうしたすべての人にも通じるということが客観的であり、それが学問が目指すものだということですね。ですから、実学と言われているような「経済」であったり「自然科学」も突き詰めれば「哲学」なわけです

当たり前と言えば当たり前ですが、それこそが「哲学」の本髄として考えられていたものだったんです。

しかし、そうした客観的であろうとする姿勢は誰しもが行うことができるわけではありません。ですから、生きるためにはお金が必要であり、哲学などという実学ではないものは必要とはあまりされないというのも分かります。

ですが、そうした「愛智」を忘れてしまった時に、何が起こるのでしょうか?

感情的なものに支配され行き着いたのが大量虐殺さえ肯定するファシズムだったのではないでしょうか?

しかも、今や大学改革によってそうした「智」に対しさらに向かい風が吹くような状況になりつつあります。

ですから智を愛するものとして、立ち止まり考えることの大切さを主張したいなと。

まぁみんながみんな哲学者になったら気持ち悪いとも思いますけどね。笑

ただ、そうしたことが許容される社会の方が健全だと勝手に思っています。

というわけで、これが僕の考える「哲学」の意味でした。

では!

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学ぶ編集者

としちる

日本サッカー協会に入るため筑波大学体育専門学群を目指すも、受験前に父親が逃亡し、やむなく部活を辞める。教材費と受験費を稼ぐためにバイトしながらの宅浪生活を2年間送った後、国際総合学類に入学。タイにて日本語指導と留学も経験。帰国後、「人から始まる学問の見える化」を旗印とした『入門学術メディア Share Study』を創設。運営サイトは4つ、記事執筆数は250以上、イベント運営に携わった数は50以上(17年8月現在)。最近、VALUも動かしてます。

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