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哲学

実は重要な「哲学」と「哲学学」の違い-入門者向け学び方ガイドをご紹介!

投稿日:2016年5月8日 更新日:

哲学とは何かと聞かれたら、広い意味では「智」を「愛」することなのだと思います*1。つまり、学問そのもののことだなと。

ですが、もう少し哲学そのものについて突っ込むのであれば「哲学」と「哲学学」は分けて考えるべきではないかと思っているのですが、ではそれらはどう違うのでしょうか?

「哲学」と「哲学学」とは何が違う?

一見、意味が分からないですよね…

結論を言うとこうなります。

「哲学」とは、自分自身の命題に対し真理を徹底的に追求することで全体的な普遍への問をすること。

「哲学学」とは、いわゆるヨーロッパなどの精神史であり各時代における哲学を学び解釈し、新たな現代的意味付けを与えることです。

「哲学」-個々人から全体、普遍への問

客観性や普遍的な真理を求めようとする哲学でさえ、哲学者が生きていた時代的影響から逃れることはできません*2

そういった意味で「哲学」であれど、つまるところは「個々人」の内発的問いかけが出発点となり、他人に伝達することなど出来やしないということを意味するとも言えます。

「個としての精神が世界を明らかに見ようとする努力であるとすれば、そのような哲学における知は本来内発的なものでなければらずそれがそのまま他人に伝達できないのは当然のことである。」

『科学から哲学へ』(春愁社)

論理を糸口に普遍性、言い換えるなら絶対性を求めるのが哲学なのでしょう。

ですが、真理そのものが普遍的に開かれているかというとそうではないとも言えるのです*3

「哲学学」-精神史

一般的に知られている哲学とはおそらくこの「哲学学」だと考えています。

プラトン、アリストテレス、デカルト、カント、ニーチェ etc.

彼らはヨーロッパにおける哲学者たちですね。

大部分はこの「ヨーロッパ精神史」を指すといってもいいでしょう。

もちろん、宗教も元は哲学としての側面がありますし、他の日本やアジア、中東、ラテンアメリカなどもそれぞれの哲学があります。

ヨーロッパでは、

  1. 「~とは何か」(プラトン)
  2. 「わたしとは誰か、なにを知りうるのか」(デカルト)
  3.   問い①×②(カント)
  4. 「なぜそれを問うのか」(ニーチェ)

参考:『哲学マップ』p16「図表1・哲学のルールと問い」

といった形で哲学史的な流れの中で、有形無形の議論から(天使は何人いるのかとか)前提が疑われ、覆され続けてきました。

まとめ-真なる「哲学」が重要

しかし、これらは結局のところそれぞれの個々人にとっては「哲学」であったわけですが、それを学ぶ者にとっては真なる「哲学」とは言えないのだと思います。

最終的には、個々人の内発的な問いかけに「応える」こと。

例えば、僕の場合は「如何により良く生きるのか?」が最大の命題です。

ですから、僕にとっての「哲学」とはこの問に対し「自分」なりの普遍性のあるものとして応えることとなります。

(矛盾しているのですがこうとしかいいようがないのが今の僕の限界でもあります…)

それがおそらく本来的な「哲学」なのでしょう。

まぁ、ですが大部分の問は歴代の哲学者によって語り尽くされてしまっているので、どうしてもちゃんと学ぶのであれば「哲学学」は避けられないんですけどね…

しかし、未だ残る問題は真なる「哲学」でしか太刀打ちできないと言えるでしょう。

というわけでそんな哲学をしていきたい人、そもそも哲学ってどうやって学ぶものなのかってことが気になる方もいるはずです!

 

えっ、い、いますよね…?

はい!というわけで、僕が学んできて重要だと思った哲学の勉強の仕方を簡単にご紹介します!

哲学の学び方簡易ガイド

入門編:哲学を知るためのおすすめ本・サイト

「哲学」を分かりやすく、しかし少し危険な魅力とともに語りかけてくれる名著として『14歳からの哲学』を個人的に超絶おすすめします。万人に。

僕はこれを読んでから人生観が今のものへと大きく揺らぎました。正直、言って闇の時期をさまよったこともあるのですが、今思えばここが僕の原点であることは間違いありません。それほど、熱量のこもった秀作であることは間違いなく、本当におすすめです。

そしてこちらで紹介している「哲学的ななにか、あと科学とか」もネットで読める読み物として、面白おかしく哲学的なものを紹介してくれています。

このサイトがありがたいのは科学もきちんと哲学の射程にいれてくれているところなんですよね。哲学っていうと人文学的なものを思い浮かべがちだと思うのですが、今や科学も突き詰めて考えれば哲学です。そういう意味でも入門段階として知っておくと、科学は絶対的に正しいという考えがほぐされていいはずです。

書籍も出てるよ!詳しくは記事にて!
GWどころか人生を持て余している人に捧ぐ超絶面白いサイト...!-『哲学的ななにか、あと科学とか』

下手にいきなり哲学に触れる前に、まずはこういったところから「哲学」をかじるのが本当におすすめで、もしこの二つを読んでも合わなかったらそれはそれで縁がない分野であったと言えるかもしれません。

ですが、もうちょっとパンチが欲しいということであれば土屋教授のひねくれた「笑う哲学」なんかも読んでみるといいかもしれません*4。哲学者でありながら、見事に哲学など役に立たないということをある意味哲学的に語ってくれる杞憂の人かなと思います。

土屋教授の入門書もあります。『あたらしい哲学入門』で語られる大著であり自身の研究としていた『存在と時間』(マルティン・ハイデガー著)を「子どもが青い空はなんで青いの?」と問い続けられることができるように、「存在と時間」をとにかく不思議だと思い続けた結果だと言いのけたのはすごいことだと思います。たまげました。

正しいかどうかは別として哲学における「問題設定」の重要性が浮き彫りになっているなと気づき始めたのもこれを読んでからだったように思います。

初級編:体系的な「哲学学」を学ぶ

こういった本を読み、それでも哲学をもうちょっと体系的に学びたいという人にはこちらの『哲学マップ』が、まさにタイトルの如く「哲学」を学ぶ上での地図となるような存在になるでしょう。

少なくともここまでいろいろかじっていた僕にはちょうどよく、哲学的な問を先ほど挙げた4つのテーゼ(①プラトン「~とは何か」、②デカルト「わたしとは誰か、何を知りうるか」、③カント「①×②:問いの調停」、ニーチェ「なぜそれを問うのか」)に分けているのは、複雑な哲学史を概観する上では非常に見通しがよくなるなと思いました。

ただどうしても新書という関係上、一人ひとりの突っ込みは浅くなりがちです。哲学を学ぶ教授にも言われたのですが、世に出ている新書はそもそもだいたい間違っています。というのも、個人の解釈が入ってしまっていますからね…紙面の限界もありますし。

間違っているというよりは厳密ではないということですね。ただこれは哲学だけに言えることではなく、どのような分野であれ新書で分かった気になってしまうのは少し危険かなとも思います。無駄ではないともちろん思いますが、どの分野や仕事であれ「正しい」情報を得ようとする態度は重要だと言えるでしょう。

ただ、もうちょっと突っ込んで知りたいということであれば同著者による資料集を参考にするとより学びが深まるでしょう。僕は『哲学マップ』や気になる哲学者を見つけたら、とりあえずここで確認するようにしていました。

初級脱出編:自分の問に応じて古典を読む

自分で「哲学」をし、体系的な哲学史を少し学んだら、「自分」の問に応じて古典的な哲学書を読んでいくのがおすすめです。

プラトンの『国家』とかアリストテレスの『ニコマコス倫理学』などは読みやすくて初学者にはいいと聞いたりしますね。

ただいきなり突っ込んでいくと挫折しがちなのが哲学なので、読みにくいものは入門書や哲学をレベル別に解説してくれるこちらのサイト等を副読するのがおすすめです。

Philosophy Guides

この方、本も出版されてそこそこ売れているようで、このご時世にすごいなぁと*5

このサイトでは特にこれが必読でしょう!

信念補強型ではなく、信念検証型で読むのは本当に大事ですね…僕もつい自分の考えを補強してしまうのでここは気をつけたいと思います…

哲学書の選び方

 

で、本当にちゃんと哲学を学ぶとなると古今東西まんべんなく勉強していく必要があります。そこで、こちらも見ておくと勉強する前の心構えとして重要だと思ったので合わせてご紹介しておきますね。

仏教哲学との接し方

 

ヨーロッパの哲学者を研究しようとなると、英語に加え「ドイツ語 or フランス語」、「ギリシャ語 or ラテン語」が必須になってきます。もちろん、中国思想や日本思想、インド哲学となるとそれらの国の古語が必須ですね!

ちなみに、僕は哲学を研究することは諦めました!笑

ある程度、趣味として学んでいき、活かせそうな考え方は厳密に学び自分の研究分野にも取り入れていきたいと思っています。なんだかんだすべての学問は哲学に帰結するので、避けようがないというのもあるんですけどね。

哲学に意味はあるのか?-意味はあるのではなく与えるもの

「哲学が好きだ!」なんて言ってるとたまに「哲学なんて学ぶ意味があるのか?」みたいなことを言われます。

それに一言で応えるなら、「意味がないと思えばないし、あると思えばある」ですね。哲学は普遍性を目指す学問ですから、すべての人に関係があると言えばあるはずなのですが、だからといって強制することができないのもまた哲学ゆえに言えることです。

ですから、こうして勧めておいて難ですが本気で哲学するには覚悟がいるのでおすすめしません。が、「哲学学」と言わなくても「哲学」はあってもいいというかみんなした方がいいとは思います。いわば、「教養」とは「無知の知」として自身や世界の限界を知ることであり、また同時に自分を自由に解き放ってくれるものだと思うからです。

それは何気なく信じていたものが疑わしくなってしまうことを意味しますが、それはそれで僕は「正しい」態度であるのではないかと思う次第です。要するに、広い意味での哲学(愛智)と個々人にとっての哲学は、一生学ぶという意味で、また「生かされる」のではなく「生きる」という意味で大事かと。

何はともあれ、知的好奇心をくすぐられ、下手に決まりきった答えがないからこそ魅力的なのが哲学です。

完璧なものなど分かってしまってはつまらない!そもそも学問にそんなものはおそらくないのだろうけども。

そして、おそらく資本主義の突き進んだリアル「魔法の世紀」では、「神から人間の脱構築」が進んで、もしかしたら人間はただ好き勝手に何してもいいよ状態で生きてることができるかもしれません*6

だとしたら、人間はなにをするのかな~と考えたりするのですが、それはきっと芸術であり、哲学なのではないか?と思わなくもないので、将来に備えてやっておくといいかもしれませんね!

なんちゃって!

それでは~

*3:ですが、哲学とは「どこに前提があるのかを探し求めるもの」だとも言えると思っていて、個人的にはその求める絶対的な前提こそが哲学が求めるいわゆる北極星への道なのではないかと思います。

*4:ウィトゲンシュタインの研究者(前はハイデガー)で、ウィトゲンシュタインは初期には哲学を哲学で否定しようとする『論理哲学論考』を著した。『哲学探究』では初期の自論を撤回し、言語ゲームこそが言語的なものの根本とした。

*5:せっかく研究するならどんどん世に向けて情報発信していってもいいのじゃないかという理念に魅かれ作ったのがこちらのブログ『Discourse Guides』。たぶんそのうちWordpressに移行しますがしばらくははてなブログでやってみようと思います。変なこと書いて火傷してしまわないか心配ではありますが、いろいろと楽しんでやってみようと思います…!まだ記事はほとんどありません。笑



学ぶ編集者

としちる

日本サッカー協会に入るため筑波大学体育専門学群を目指すも、受験前に父親が逃亡し、やむなく部活を辞める。教材費と受験費を稼ぐためにバイトしながらの宅浪生活を2年間送った後、国際総合学類に入学。タイにて日本語指導と留学も経験。帰国後、「人から始まる学問の見える化」を旗印とした『入門学術メディア Share Study』を創設。運営サイトは4つ、記事執筆数は250以上、イベント運営に携わった数は50以上(17年8月現在)。最近、VALUも動かしてます。

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