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【映画感想】この世界の片隅に―「この世界のあちこちにいるわたしに」観て欲しい映画【ネタバレあり】

投稿日:2017年2月17日 更新日:

先日、ずっと観に行きたいと思っていた『この世界の片隅に』をついに観てきた。

正直、徐々にこの作品を観てしまったことを後悔し始めている。

なんて作品に出会ってしまったのだろう。なんて破壊力のある映画なのだろう…

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『この世界の片隅に』あらすじ

18歳のすずさんに、突然縁談がもちあがる。
良いも悪いも決められないまま話は進み、1944(昭和19)年2月、すずさんは呉へとお嫁にやって来る。呉はそのころ日本海軍の一大拠点で、軍港の街として栄え、世界最大の戦艦と謳われた「大和」も呉を母港としていた。
見知らぬ土地で、海軍勤務の文官・北條周作の妻となったすずさんの日々が始まった。

夫の両親は優しく、義姉の径子は厳しく、その娘の晴美はおっとりしてかわいらしい。隣保班の知多さん、刈谷さん、堂本さんも個性的だ。
配給物資がだんだん減っていく中でも、すずさんは工夫を凝らして食卓をにぎわせ、衣服を作り直し、時には好きな絵を描き、毎日のくらしを積み重ねていく。

ある時、道に迷い遊郭に迷い込んだすずさんは、遊女のリンと出会う。
またある時は、重巡洋艦「青葉」の水兵となった小学校の同級生・水原哲が現れ、すずさんも夫の周作も複雑な想いを抱える。

1945(昭和20)年3月。呉は、空を埋め尽くすほどの数の艦載機による空襲にさらされ、すずさんが大切にしていたものが失われていく。それでも毎日は続く。
そして、昭和20年の夏がやってくる――。

引用:『この世界の片隅に』公式サイト

としちる的2016年ナンバーワンヒットの映画

2016年の映画は『シンゴジラ』から始まり(5月末まで留学でタイ)、『君の名は』と大ヒット作が生まれたわけだが、いや!これ!ジャンルは違うけどどれが一番おすすめかと聞かれたら間違いなく『この世界の片隅に』と答えます!!

『シンゴジラ』を観たときにもそこそこ興奮したのは覚えているけど、『この世界の片隅に』には人生を揺さぶられるような衝撃を覚えた

映画を観てきてDVDまで欲しいと思ったことはほとんどないのだけど、これは欲しい。初めてサントラまで欲しいとまで思った。

それくらい、本作品で描かれる世界観に引き込まれてしまったのだ。

普通の生活を描く「戦争映画」という破壊力

序盤から徹底して描かれる「すず」という人間の物語。決して助長に回顧を促すようなものではなく、あくまで描かれるのはすずという人間そのものだった。

それが、如何にも普通の体で描かれるから「戦争映画」という気がほとんどしない。たぶん、すずという人間が醸し出す空気感に引き込まれてしまったからだと思うが、この「普通の日常」が後半になってガラッと一変するシーンに思わず息を呑んだ。序盤から中盤にかけて描かれたこれまでがまさに音もなく崩れ去るような衝撃。

この恐ろしいほどのギャップを描くことで一人の人間に起こった重層的な世界観が見事に表現されていたのだと思う。

主人公すず「なんでこんなことを考えるようになってしまったんだ」

そのシーンとは、空襲を乗り切った後に、夫「秀作」の姪に当たる「春美」と歩いていた際に米軍によって落とされた時限爆弾が作動してしまうものだ。

この爆弾をもろに受けた春美は亡くなり、繋いでいたすずの右手も失うことになってしまった。

かろうじて生き延びたすず。娘を亡くした秀作の姉「怪子」にきつく当たられ、ただでさえ生き延びるのに大変な中、家事を満足に手伝えない中で沈んでいく。

そんな中、キャッチポスターに描かれている畑、それも空爆で荒れ果てた畑で泣き喚くシーン。

「なんでこんなことを考えるようになってしまったんだ!」

と普段、感情を爆発させることなどほとんどなく、おちゃめな側面ばかりがスポットに当てられていたすずが、自身が沈んでいく感情と向き合いながら力いっぱい涙を流すシーンがとても印象的に残っている。

そう、それは知ってしまったことの悲劇だ。知ることには時にやるせない無力感や怒りを伴う。

知ることにおける負の側面

知るということは必ずしも役に立つとは限らない。 必ずしも楽しいとは限らない。 かといって、必ずしも苦しいわけでもない。 「学ぶ」という経験によって同時に起こりうるであろう喜怒哀楽についてつれづれちるま ...

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僕はこのすずの葛藤に心打たれてしまった。やるせなさと儚さといった渦巻く感情の吐露に、あまりにも「普通」だった日常を壊す狂気が映画からにじみ出ているようだった。

映画『沈黙』を観たあとだからこその破壊力

『この世界の片隅に』という映画には米兵はほとんど出てこない。さらに俗に言う日本兵もだ。

そんな「市井」の戦争を描いた『この世界の片隅に』と、つい先日観てきた『沈黙』との差異がより本作品とシンクロしながら自分自身の中に複雑な「日本」への眼差しを向けるようになったように思われる。

というのも、一方では日本という国で起きた戦争という行為の醜さが、一方では日本人が起こしたキリシタン迫害という歴史的な残虐行為に焦点が当たるためだ。

両作品で描かれる「日本」という国。一概にどちらが正しいというものでもなく、どちらもその世界があるがままあったということが重要なのだと思う

どっちが悪だとか、正義だとかではなく、どちらも「人間」が起こしたことであり、そのどちらもが「日本」という国の有様をあるがままに示している。

そんな風に捉える視点が改めて自分の中に湧き上がり、両作品を続けざまに観たことがここまで今の自分に衝撃を与えたことが大きかったように感じた。

できれば多くの人に見て欲しい、そんな作品

冒頭ではちょっぴり後悔しているなんて書き始めたがこれは観た直後の衝撃で付けた最初のタイトルには「僕はこの作品を観て後悔し始めている」なんて入れていた。後悔というのは衝撃を受けたというのを遠回しに表現したものだが、いやはや一夜明けて続きを書きながら、ふつふつと「できれば多くの人に観て欲しい作品」だと改めて感じる。

ふと読んだマンガ家のヤマザキマリさんの感想記事がとても的確にこの作品における世界観を短い文章の中にまとめているので、ぜひ読んでみてほしい。

moretsu.exblog.jp

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漫画版も買おうと思い立ったというか買った

「これは原作も読まざるをえない!!」

ということで上中下のマンガを帰って即座に買った。まだすべてを読んではいないが冒頭ではこのように始まる。

「この世界のあちこちにいるわたしに」

映画には入れられていないこの文言。

自分を掘り下げていったときにぶち当たる、「他者」という存在から始まる哲学を持つ自分にはピンポイントのこの言葉に、より『この世界の片隅に』という作品に魅了されてしまった…

生きる上で避けることのできない哲学の意義を問い直す―よりよく生きるための哲学

哲学といった「教養」は「生きる」上で本当に必要ない空飛なものでしかないのであろうか?そんなことはないと主張するため、しっかり突き詰めて考えてみた「哲学の意義ってなんだろう?」シリーズ第1段。

続きを見る

とってもおすすめの本作品!徐々に上映劇場が拡大されているとのことで、ぜひ映画館に足を運んで実際に観ていただけたらと思います!

では!

 

追記:ミスチル『タガタメ』とシンクロしていることについて考察!「この世界のあちこちにいるわたしに」という意味とは…?

ミスチル『タガタメ』と『この世界の片隅に』がシンクロする件

先日、映画『この世界の片隅に』に心揺さぶられた。 記事を書き終え、音楽を聞きながらゆっくりしていた時に重なったのがMr.Children『タガタメ』が流れ、その歌詞の中で語られるとある一節が『この世界 ...

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映画の世界観を味わえるサントラも欲しい…

同作家さんのこっちの作品も気になってます…買ってしまいそう。

 

 

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としちる

知識と知識が繋がった瞬間がたまらなく好きな凝り性。冊子制作で学んだ取材・記事執筆やデザイン制作のスキルをWeb上にて、学問的なものを発信することに役立てられればと思い活動している。

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