ちゃんと生きる―ことばはかくもおそるべきものかな。

ことばというやつは不思議なやつだと思うのですが、というのも、「普段、何気なく使っていることばに考えや行動も影響されている」ものだからです。

「できるぞーできるぞー」と言っていればなんだかできる”気”はしてくるし、ふとした一言を見聞きして意気消沈してしまうことなんて誰しもが経験することでしょう。

パブロフの犬とミスチル『I Can Make It』―根拠のない自信を持つ重要性

この春を迎えて新生活がスタートした人もたくさんいることと思います。

そんな僕も4月からついに「大学院生」となってしまいました。

「えっ、やっと修士なの?もう博士かと思ってた。」

なんて言われてしまうのも、3年ほど前から「研究職目指すかもしれない」と言い続けてきたからかと思います。

そんなこんなでそれなりに以前から修士に進学してからのことを考えてきたんですが、最近、「あー、僕もついに大学院生になってしまったんだなぁ」という思いを強く抱くにつれ、なんだか「研究者に向けてのマインドが強固になっていく」感覚を覚えるようになってきました。

もちろん、ことば”だけ”で何かが大きく変わるわけではありませんが、やっぱり「名」はその人を表すというように、自分を見つめる、あるいは見つめられることばが変わるとその人もどことなく変わってしまうのかもしれません。

例えば、バリバリと働きづめだったサラリーマンが定年退職してしばらく経つと「無気力」になってしまったなんて話しはよく聞きます。

「社長」「リーダー」「事務員」「先生」「◯◯の代表」

なんてラベルも、静かにその人を内と外から変化させていっているんでしょう。

ことば、おそるべし。

さて、僕自身も一つことばを変えて使ってみようと思い立ったことがあります。

もちろん、マイナスのためにではなく、プラスになるために。

これまでずっと自分の問いとして持ってきた「良く生きる」に加えて、「ちゃんと生きる」という軸を持ちたいなと考えてみました。

どうしても、大学院生という立場になって最優先で考えてしまうのは日夜、研究のことです。

理詰めで「うわー!」っと頭が働くときはいいんですが、時にやすんで「ふわふわ」っと、しっかりちゃっかりしていく、柔らかさを持ちたいなと思い始めました。

ちなみに、そんなきっかけを与えてくれたのが、最近、ちょっとはまっている『ORIGIN』という近未来SFマンガの影響を受けてなんです。

超高性能のAIロボットが人間社会にまみれて、泥臭く「ちゃんと」生き抜くお話なのですが、いやはやこれがまた「人間とはなんなのか?」という問いをロボットから逆に投げかけてくれる作品です。

おすすめ!

ではでは。