東大や京大の人に多く読まれているらしい「思考の整理学」について概要と感想を不定期で書いていきます。
「グライダー」概要
学校という権威にすがるものは多い。
勉強し直そうと思えばまずは学校に通おうと思う。
しかし、いざ自由にものを書いてみなさいとなると途端に書けない人が多い。
優秀な人ほど、そうなのだ。
それは、きっとグライダーの飛び方だけ教わって飛行機に乗って飛ぶことを知らないからだ。
明治以来、日本は欧米のものを翻訳しながらせっせと取り入れたが、考えるべきだったのは花を咲かせることではなく「根」であった。
学校教育というものはむしろ、そうした「根」や「飛行能力」を抑圧してきた。
しかし、この情報社会の中でグライダーをやめることはできない。
グライダー専業のものはコンピューターが現れてしまった。
グライダー兼飛行機のような人間になるのはどうすれば良いのか?
「グライダー」感想
どの学問分野を学び、どのような論文の主題に焦点を絞っていくのか、ということを考えていた自分にとってはなかなか頭が痛い内容でした。
やはり、いざ自分で書くとなると「どうやって?」と教授に聞きたくなるんです。
いろんな人から話を聞いていく中で、専攻を決めたり論文を書く上で、自分の問題意識はどこにあり、何を明らかにしたいのか?ということが重要だとわかりました。
要するに、「何がしたいのか?」
ということです。
それがハッキリしないうちは何も決めることができない。
ですが、「本当に何がしたいのか?」という問いに対し、すぐさま答えられる人がいるのでしょうか?
少なくとも物事をきちんと見定めていこうとすると、いくらでも深堀りすることはできるだろうし、関連する分野というものは後が絶ちません。
そして、それぞれの学問分野に応じた「物の見方」が存在します。
「何を持って世界を切り取るのか?」それ以前に、「何を明らかにしたいのか?」
その問いかけに対する答えはすぐに出なくとも、それを問いかけ続けることはできる。
「なぜなのか」
この単純な問いかけに潜められた奥深い世界に飛び込む勇気が必要だと思いました。
時間はかかるでしょうから、その問いかけを忘れずにグライダー飛行も続けていくのだと思います。
しかし、「守・破・離」を忘れない。
「離」れるために「守」るし、それを自ら「破」壊しもするのでしょう。
にしても、この本が書かれたのは1986年。
まだ、インターネットが旋風を巻き起こしてもいない時代です。
時代は変わっている。
特に、グライダー兼飛行機能力を兼ね備えた「人工知能」の発展は人類に何をもたらすのだろうか?
アンテナを張り注意深く見て行きたいと思うのでした。