【Part2】思想γ2017―自分らしく生きる原理的考察と他者論

Part1では、教養の語源的な掘り下げから始まり、もともとの原義であった「技術」の意味合いから、近現代における大衆社会などといった問題を取り上げ、資本主義を背景とする技術の加速がもたらす魔法の世紀、裏返せば奴隷の世紀に関する抑圧と発展の阻害に関する問題意識をまとめました。

【Part1】思想γ2017―教養の再考から考える近現代の超越

Part2では、使い古された教養概念の暫定的な再構築と私的領域と公的領域に分断される現在の社会のあり方から、他者の概念の必要性についてまとめたいと思います。

教養概念の再定義:自分らしく生きる力

教養概念の変遷

前回の記事でも教養から話を始めていきました。

ざっくり説明すると、教養はただ単に古典的な知識があるだとか、知識を使いこなせるとかいったものではないということですね。

Liberal ArtsとMechanical Artsとある中で、昨今では技術が芸術と統合する形で表れてきていますが、それがメディア・アートの文脈で、だけども文脈ゲームに陥り切らずに、原理のゲームで考える志向性を持った人として落合陽一先生がおり、「デジタルネイチャー」や「魔法の世紀」といった概念を提唱しているという話です。

で、落合先生は古典的な意味に引き戻してもう一度技術を捉えたいという話をしています。

が、僕はちょっとまた違った側面から教養を捉え直したいと考えています。

ドイツ由来の教養概念:BildungとCulture

日本における教養という概念は実はドイツ語である”Bildung(ビルドゥング)”という言葉を翻訳した際に輸入されたものでした1)田中文憲(2012)『ドイツ的教養

Culture(カルチャー)という言葉は今では広く「文化」という意味で認識されていますが、元をたどれば「耕す」という意味で、かつてはそこに「教養」という意味が付与されていました。これはビルドゥングも同じで元は宗教用語として使われていたものが、18世紀における啓蒙主義思想の中で広く「精神の修練」といった意味合いも含めて使われだしたようです。

この18世紀というタイミングがポイントです

この時代において、人間が普遍的に持つ理性によって真理にたどり着けると信じられていた時代でした。当時の貴族やアカデミー2)当時は大学ではなくアカデミーが知的先端機関として機能していた。これは今日的、大学のあり方とも繋がる話ですが、それはまた別の機会に。といったいわゆるエリート層によって作られた文化です。

こうしたイデオロギー的背景を持つ言葉として教養が日本に輸入された結果、誕生したのが帝国大学を中心に起こっていった教養主義といってもいいでしょう。

やや乱暴なまとめ方ですが、教養が知識や芸術に秀でていることを示すのはこうした背景があるためなんです。

僕はちょっとこれはもう今の時代には適さないし、エリート層の戯れから生まれた概念だと思っていて、正直あまり好きではありません。

しかも現代においてはそういった知識をただ覚えることはコンピューターの発展や今日的問題として残っているものの前ではあまり意味をなさないでしょう。

そこで、考えたいのがやはり今日的意義のある教養のあり方なんです。

教養とは:公共圏と私生活圏を統合する生活の能力

僕が暫定的に教養の定義として受け入れているのが公共圏と私生活圏を統合する生活の能力なんです。

この定義は哲学者の清水真木先生によって提唱されています3)清水真木(2010)『これが「教養」だ

18世紀において啓蒙思想の流布とともに徐々に今日的な市民社会が誕生してきました。Part1の記事でも書きましたが、この時代において近代社会が作られており、近代社会とは分業化された社会だと言えます

市民社会以前は、私的な生活の場と公的な政治の場の違いが明確に別れていませんでした。ということは、普段生活する中で「自分は今仕事をしていて」「自分は今家で家族と過ごして」といった明確な区別がない時代であったと言えます。

しかし、公共性の概念が登場し、みんなの共通の利害に関することはみんなで話し合って決めようということになると、政治に関わる公共的な部分と、そうではない私生活に関する雑多なものが残ります。この雑多な私生活圏はさらに分けると、労働に関する「私有圏」と過程に関する「親密圏」に分かれていきます。

つまり、これまで生活として一つにまとまっていたものから、市民社会が形成されていく毎に

  1. 公共圏
  2. 私有圏
  3. 親密圏

の3つに別れるというわけです。

こうなってくると、「政治に参加する自分」「生活のために労働する自分」「家庭に属する自分」といったように生活が分断し、さらには分業化社会の中でさまざまな組織に関わる自分が誕生してきてしまったわけです。

これは今現在に生きる私たちからすると、至極当然のように思えると思いますが、だからこそまさにこの市民社会が成立したタイミングとはなんんだったのか、それでいて今の社会とはどうなのか、これからはどう考えていくことができるのか?という視点が生まれてくるのではないかと思うんです。

分断された個々人の生活の中で、どのようにそれら領域を乗り越えて生きていくのかが問題になってきます。

そうした問題を乗り越える道として「①優先順位をつける」「②3領域を統合する」という道が考えられますが、古代ギリシャでは奴隷制度のもとや男性成人にのみ許された政治への参加といったように、容易く優先順位をつけることができました。ですが、現代社会においてはそうもいきません。とするならば、考えるべきなのは3領域にまたがる『自分らしさ』を見つけて交通整理をしながら適宜判断して生きることだというわけです。

もちろん、「教養」という意味合いにはさまざまなものがあると書いてきた通りですし、言葉とは時代的な影響の中で移ろうものです。

ですが、ざっくりと言うなれば「自分らしく生きる力」という意味合いが込められたこの定義のあり方に、今日的意味合いも折り重ねた上で再構築できるのではないかと考えています。

他者論:自分と他者との関係

さて、こうして考えていくとまた一つ問いが残るはずです。

「そもそも『自分』とはなんなのか?」

という問いです。

これに関してはざっくりといきたいと思います。

僕が考えるに、「自分とは何か?」という問いはまずはジョン・ロールズが考えた「無知のヴェール」状態から考える必要があるんじゃないかってことです。

というのも、抽象的に認識やアイデンティティみたいなところから考えることももちろんできるんですが、そもそもの「生きる」主体となる自分がどのように誕生したのかということから考える必要があるのではないかと思うからです。

ロールズに対する批判もありますが(割愛)、ロールズの言う「無知のヴェール」とちょっと違った角度から考えています。

無知のヴェールとは産まれる前はどのように誕生するのかといった選択権が誰しもになく、その点においては平等だということです

ですが、平等なのはそこまでです。実際、産まれてくる瞬間のことを考えてみましょう。その瞬間には両親が存在しているはずですし、産まれてくる環境(外的環境と内的環境)も強制的に決定されてしまっています。

ということは、産まれてくることそれ自体が原理的に「不平等」の状態からスタートするということなんです

さらに考えてみると、自分はそもそも両親なくして存在しえません。「私、母、父」という三者はいわば最小の社会とも言えるものです。人が根源的に産まれてくる環境も、そうした他者との関係性において「自分」という存在が見いだせるということです。

つまり、他者なくして自分という存在はありえないということなんです。

ということは、「自分らしく」の自分も基本的には「(他者ありきとしての)自分らしく」があるのではないかと思うのです。

ちょっと長くなってしまったので、またPart3にて哲学の変遷と現代に続く問いとミクロな倫理的問いとして残る「よく生きる」ということ、そしてマクロな社会思想として原理立てることができるのではないかと考える「自由の相互承認」についてまとめてみたいと思います。

【Part3】思想γ2017―生きる上での現代哲学的問題と原理的規範

注釈   [ + ]

1. 田中文憲(2012)『ドイツ的教養
2. 当時は大学ではなくアカデミーが知的先端機関として機能していた。これは今日的、大学のあり方とも繋がる話ですが、それはまた別の機会に。
3. 清水真木(2010)『これが「教養」だ