第25回参議院議員通常選挙を終えての振り返り

 今回の選挙、ほぼ予想通りという結果で終わって、そういう意味で面白みがないものだった。さまざまな問題を抱えながらもある程度の基盤を持っている自民党は与党としての地位を守るだろうし、立憲民主は微増、その他としてれいわ新撰組とNHKから国民を守る党(N国)が存在を示すというものだった。

Google検索結果表示(出典: Jiji Press(Reuters 経由))

 立憲民主党に対するイメージとしては与党に対する「批判」ありきの姿勢がどうしても強く残っているが、現状のリベラル野党として投票し、かつ政権奪取、もしくは政党としての力をつけてもらわねばならないと思うのは立憲民主党ということで、僕は地区も比例もここに投票した。だが、次回はわからない。これまで忙しさにかまけて「政治」の勉強を疎かにしてきたので、次回の衆議院選挙までは政策と立ち位置に関して調査して投票先を決めていくつもりだ。

 今回、躍進したと言えるのが政党要件を満たしたれいわ新撰組とN国だが、僕は両者に対しては賛同よりも違和感の方が大きい。特にN国は言うまでもないほどのパフォーマンス的な政見放送や姿勢には疑問を持たざるを得ない。一点、「NHK」の姿勢を「敵」として批判的姿勢や論点を投げかけている点はまぁわかる。それに対して、NHKのほぼ強制的な視聴料の徴収に対してやメディアとしてのあり方に「ヘイト」を溜めていた人々にとっては一つの投票先であることもわかる。が、清々しいほどに「それだけ」を政策の論点として主張することを国家的政治の舞台で掲げるのは端的に言って信頼に値しない。ゆえに僕は支持はしない。他にも政治資金の出所など気になる点も多々ある。

 今回、ネット上でとりわけ注目されたのがれいわ新撰組だろうが、まず政党名が気に食わない。存在のあり方を端的に示す名前は非常に重要だと常に考えていて、名前を適当につけるものは基本的に信用しない。「れいわ」という「ひらがな+元号」と「新撰組」というナショナリズムを掻き立てることばをチョイスしている点から、忌避感を覚える。かつ、僕には国会で牛歩戦術を用いた山本太郎の行為に対しても違和感を持つ。経済的には極左派な政策を掲げている点など、今の緊縮財政に対して反対する姿勢など、政策的志向性には賛同する側面があるものの(消費を促すことなく市民に金銭は回らないし、今、日本の企業に利潤を蓄えても社会的にお金が回るとは思えない)、さまざまな要因で投票するまでの信頼感を持たなかった。

 けれど、比例選挙区に対して自身を3位につけつつ、上位二名に対して障害を持つ方を据えたことや、次期衆議院選挙を見越した動きには「政治家」としての好感を覚えている。つまり、戦術を意識しつつ自身の寄って立つ社会観を生み出そうとすること、また党の「代表」としてのカリスマ性を帯びる振る舞い(議会などにおける答弁)は感じられるし、それは政治において重要な要素の一つである。

 他にも種々、気になることはあるが、如何せん、自分が何か政策や政治家の行為・発言を判断する「モノサシ」となるデータが足りない。研究のことやこれからのことを整えるのでいっぱいいっぱいだったので半分はしょうがない。半分はこれまで甘えてきた部分が自分にはある。不定期的でも、雑記として言語化していくことを試みたい。

Recent Updates
2024.03.07
 日本は「外国人」が多く、もはや「移民国」とも呼べる。この記述を新書『「移民国家」としての日本──共生への展望』(宮島喬、2022年)で見かけた。一般的には逆のイメージがあるのではないだろうか。たと[…]

- - -