ブリュッセル紀行と、2,500円のラーメンから考える「自治」

 3年前、2023年7月にベルギーを歩き回った。国際学会のついで(というか内心は観光がメイン笑)だったんだけど、かつてパリ同時多発テロの実行犯を生み、「テロの温床」とまで呼ばれたブリュッセルのモレンベーク地区にも足を運んでみた(下記はその紀行記事)。

 物騒な場所なのかもと少し身構えていたけど、いざ着いてみると、スカーフを巻いた女性や子ども連れが行き交う、拍子抜けするほど「普通」の街並みが広がっていた。でも、このごく普通の日常から、あの凄惨な事件に繋がってしまったという事実がある。

 格差とか疎外感とか、目の前の「現実」が複雑でしんどいとき、ISが提供するネット上の過激で壮大な「虚構(ハリウッド映画みたいなプロパガンダ)」にブリュッセル・モレンベーク地区などに住むイスラームの「普通の」若者は自分の居場所を見出してしまった。実は「テロの温床」と呼ばれるモレンベーク地区は中心市街と隣り合わせの地区で、現地を跨いで歩いてみて、そのズレの生々しさを肌で感じた。

 帰国後、この紀行記事の執筆を通して一番引っかかったのはいわゆる「自治」の問題だった。最近、あらためてこのテーマについてよく考えている。

 首都ブリュッセル以上に、「ベルギー最悪の町」と言われたのが古都メッヘレンで、3割を超える移民と治安悪化に苦しんだ町だった。ただ、2001年以降、新しく就任した市長が食事会など現地家族と移民家族との交流を持たせ、徐々にイスラーム過激派を退けていったらしい。20年かけてメッヘレンは住みやすい町に生まれ変わったという。

 正直、こんなうまい話ばかりでもないだろうと思う。きっと、複雑さと葛藤を抱えながら、それぞれが暮らし、それでもちょっといい現在を築けたのだと思う。ブリュッセルの普通の若者が自称・観光テロリストを名乗った背景にも、社会・家族・政治・経済に追いやられてきた結果としての疎外の問題があったのではないかと思う。

 そう思うと、現実の壁は厳しい。ことばの無力さを時に感じる。

「対話」とか「共創」みたいな記号はあれど、キラキラだけでは、複雑に絡み合った現実はびくともしない。ことばはそのまま現実を変えてはくれない。

 一方で、このブリュッセルの街、あるいは「自治」を達成したベルギーの古都メッヘレンのように、歴史的な必然を帯びてやってくる、不気味な運命との向き合い方ってものがある。こういう「見えないもの」は確かに“ある”し、その上で社会を立て直し、実践を紡ぐには「連帯を広げることばの力」がやっぱり必要だと思う。

 理想と現実の裂け目を継ぎ接ぎするには、行き詰まりをメタ認知するための理論と、その中で踏ん張る実践の両輪が欠かせない。

 泥臭くて時にままならない現場の「実践」と、それを俯瞰して突破口を探り当てる「理論」。この二つを行ったり来たりする胆力と勇気はいったいどうしたら湧き上がって来るものなのだろう。

……なんてことを、ブリュッセルで食べた一杯2,500円(!)のとてもお高い豚骨ラーメンの味を思い出しながら考えている今日この頃です🍜🍺

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