批判的談話研究が持つ5つの基本的な考え方

「批判」と「非難」を対比して浮かび上がる対話を前提とした広義の批判』では、学問を行う上での批判は、一面的な非難ではなく、検討をお互いに行い合うための対話的なものであると解説した。このサイトの記事を「批判的」なまなざしで見てもらう準備が整ったことだろう。 その上で、何かしらの学問を初めて学ぶ際に、いきなり専門用語などといったものを調べていくより、その学問の考え方を学ぶとスムーズに理解が進む。 というわけで、批判的談話研究(Critical Discourse Studies :CDS)が持つ主な5つの特徴を見てみよう!

CDSの特徴

特徴① 社会的な不平等を取り除こうとする

まず、何よりもCDSでは社会的な不平等をもたらすようなことばを批判的に分析しようとする。 常識として当たり前のように語られている言葉を想像してみてもらいたい。 例えば、「ゆとり教育」であるとか「自己責任」「意識高い系」などなど。 知らず知らずのうちに使っていることばに隠れた、価値観や前提というものは時に向けられた相手に対して抑圧的に使われる。 そうした価値観やことばのチョイスは現実の社会と致し方なくもつながっているのだ。 CDSでは、そうしたいわゆる常識に批判的な分析を行って、社会的不平等な立場へと強いられている者を擁護しようとする。

特徴② 言語を社会的実践と捉える

ちょっと分かりにくいがざっくり言うと、「CDSはことばと社会が密接に関係しているもの」として考えている。 なぜ「ことばと社会が関係している」と捉えるのかというと、ことばを実際に使っている人がいて、その使う人には生まれた国であるとか、使っている言語であるとか、どこでそのことばを使っているのか、そのことばは誰に向けられているのかだとかいった文脈が必ずあるからだ。 実は主流な言語学ではこの文脈というものをあまり考慮には入れてこなかった。 なぜかというと文脈というものは先ほどもいろいろと挙げたように無数にありすぎて、とても分析しきれないと思わわれがちだったからだ。 だが、CDSは社会的な不平等を取り除くためにもきちんと文脈を読み解く必要があると考えた。 それが第3の特徴である「批判的な態度」に関わってくる。

特徴③ 共通するのは方法論ではなく批判的な態度

CDSでは何かしらの常識であるとか権力といったものを批判することを一つの目標として持つ。 正しさを押し付けるというよりも、「正しさというものがないなりにきちんと情報を読み解いて建設的な議論をしていきましょう」という感じである。 そのため、特定の決まりきった方法論というものを持たない。 CDSの専門家と名乗る人たちが共通しているのは方法論ではなくあくまで「批判的な態度」ということになる。 CDSでは批判というものを一方的な価値観の押しつけとして行うのではなく、社会的に不平等に陥っている立場の側から建設的な批判をしようと試みるのだ。 ここでいう建設的な批判とは分析する自分自身もまた批判の対象としているということに注意してほしい。 そういった態度を持つということは、ただ分析する傍観者ではなくむしろ参加者になるという第4の特徴につながってくる。

特徴④ 研究者自身の政治的社会的立場を明確にする

普通、学問的な態度としては何かしらの立場から一歩身を引いて分析しようとするので自分の立場を明確に示そうということはしない。 むしろ研究者自身の勝手な考え方といったものからなるべく離れられるようにする。 そうしないと客観的に分析することができないからだ。 自分の好みによって好き勝手にものを言うのはとても主観的な態度だと言えるだろう。 けれども、CDSでは敢えて自分の立場を明確にする。 というのも、完全に客観的であることとか、誰が見ても「正しい」ということが不可能であることが様々な哲学的な議論から分かってきたからだ。 すべての学問が「不可能」だとしているわけではもちろんないが、CDSではあくまでその点に関しては難しいとしてあまり重視してはいない。 主観性から逃れられないなら、いっそ自分の立場を明確にして政治的な議論に参加することを表明する立場を取る。

特徴⑤ 学際的なアプローチを取る

とは言え、「何を持って批判できるのか?それでも好き勝手に自分の主張を言っているのではないか?」といったような批判をされている。 その通りで、決まった方法論が無いとはいえ主張を正当化できるだけの根拠をしっかり示すということにCDSの課題があると言える。 その一つの解決策として挙げられているのが、学際的なアプローチを取るということだ。 学際的とは、一つの学問や対象だけを研究するのではなく、学問の垣根をこえてさまざまな分野の理論を応用することにある。 CDSでは主に言語学の理論を用いているが、その他にも哲学・社会学・心理学・認知科学・歴史学といったように、問題解決のために、つまり社会的な不平等を取り除くために多彩な分野の研究も用いようとする。 そうすることで、より根拠のある主張をすることができるというわけだ。

まとめ

基本的にCDSが取っている立場をまとめよう。

  1. 社会的な不平等を取り除こうとする
  2. 言語を社会的実践と捉える
  3. 共通するのは方法論ではなく批判的な態度
  4. 研究者自身の政治的社会的立場を明確にする
  5. 学際的なアプローチを取る

こうした基本的な考え方から、CDSは問題解決志向型の学問だとされている。 いわゆる真実を求める主流の学問とはかなり異なった特徴を持っているといえるだろう。 確かに、CDSが持つ「複雑なものを複雑なものとして捉える」という方針はとても難しい側面もあるし、逆に「複雑なものを単純化」してしまう側面も否めなくもない。 しかし、下手に理論ばかりに夢中になって専門家以外を置き去りにしてしまうような学問とはまた違って、実践的な学問として別の価値があると個人的には考えている。