『はじめての言語学』黒田龍之介──「科目」として語られる言語学

「言語学ってどんなことするの?」という疑問に思ったそんなあなたにまずおすすめするのがこちらの『はじめての言語学』。本格的な学問の入り口として言語学を「科目」として紹介してくれる本だ。

基本データと目次

基本データ著者:黒田龍之助 出版:講談社現代新書 発行年:2004年1月20日
目次はじめに―言語学は科目である 第1章 言語学を始める前に―ことばについて思い込んでいること 第2章 言語学の考え方―言語学にとって言語とは何か? 第3章 言語学の聴き方―音について 第4章 言語学の捉え方―文法と意味について 第5章 言語学の分け方―世界の言語をどう分類するか? 第6章 言語学の使い方―言語学がわかると何の得になるか? もっと言語学を知りたい人へ あとがき

『はじめての言語学』の概要

冒頭はこのように始まる。

 もしあなたが「言語学は難しいものに違いない」と想像しているとしたら、それはまったく正しい。およそ学問と名の付くもので、やさしいものなんて一つもない。言語学だって例外ではない。 でもこの本はあまり難しくない。なぜならこの本は「言語学は一つの科目である」というつもりで書かれているからである。

言語学を高校で習う数学といった科目として紹介してくれるので、なるべく専門用語を使わないようにするなどまず初めに手に取る言語学の入門書として非常におすすめだ。 この本で語られるのは言語学の専門的な知識ではなく、あくまで「考え方」が中心にある。 各章末には、「読書相談室」として各章に関連した本を数冊紹介してくれている。最後には「もっと言語学を知りたい人へ」と題して、ほんの少しだが+αの読書案内もある。

第1章 言語学を始める前に―ことばについて思い込んでいること

  1. 言語学のイメージ
  2. 言語学のストレス
  3. 言語学のポイント

※  枠内は章のサブカテゴリー 第1章では、「言語学」にもたれるちょっとした偏見などをまず紹介してくれる。例えば言語学というと、「①文法を研究する②語源を研究する」というイメージでまとめられると言う。①は一部では当然研究されているが(著者は)うんざりするものとし、②は言語学ではなく歴史研究であるとしている。 このように、あまり言語学の入門書では語ってくれない点を一般向けに述べてくれているという点でまず読んでみるといいかもしれない。

第2章 言語学の考え方―言語学にとって言語とは何か?

  1. 目的はメッセージを伝えること
  2. 「キゴウのタイケイ」とは?
  3. 文を語に分け、語を音に分ける
  4. 虹が七色とは限らない
  5. 人間にだけ言語がある

第2章では、近代言語学(今の主流の言語学)の祖と呼ばれるソシュールの考え方をまとめている。そこまで突っ込んだ内容ではないし、なるべく専門用語を使わないようにする著者の配慮が垣間見れる内容だった。

第3章 言語学の聴き方―音について

  1. 大切なのは人間のことばの声
  2. 世界中の言語音を書き表す方法
  3. 日本語に巻舌はいらない
  4. 声の上げ下げで意味が変わる
  5. 音声と音韻の違いを押さえる

ソシュールはまず言語は「音」を第一の基準として考えるべきだとしており、そこでまず「音」が言語学でどのように捉えられているのかを第3章で説明してくれている。

第4章 言語学の捉え方―文法と意味について

  1. 文法と文法書は違う
  2. 世界共通の文法はない
  3. いちばん小さな意味のまとまり
  4. 「寒いねぇ」は単なる気象情報ではない
  5. 言語のしくみにどうアプローチするか

次に見るのが文法。しかし、この点はいろんな立場から語られており、一概に「どの見方が正しい」ということは現時点ではハッキリしていない。その点に注意しながらも、ひとまず「学校文法だけが文法ではない」こと、「言語を研究する以上は多様性を軽視しないこと」が一貫とした著者の姿勢として語られている。

第5章 言語学の分け方―世界の言語をどう分類するか?

  1. 言語は数えることができない
  2. 日本語と英語は「比較」できない
  3. 《ウラル・アルタイ語族》なんてない
  4. ことばは変わらないわけにはいかない
  5. 地域差だけが方言ではない

ここからソシュールの言語学とは少し離れた領域に入っていく。いわゆる比較言語学社会言語学などだ。扱っている幅が「ことば」そのものの構造より広くなっていくが、地域差をもとに「ことば」の共通点や相違点などに注目している。

第6章 言語学の使い方―言語学がわかると何の得になるか?

  1. 《美しい言語》も《汚い言語》もない
  2. お金儲けは難しい

第5章のようにさまざまな「ことば」を比較していくと、そこに何かしらの価値判断がなされることがある。だが、言語学ではそうした価値を判断をしない。そうした「思い込み」を指摘し、言語学が社会や自分にどのように役立てられるかを著者の視点から簡単に紹介してこの本を結んでいる。

読書する上での注意点

ここで語られる言語学について、著者は「多くの言語学者が常識だとしているもの」としているが、当然異なる考え方をしている言語学もある。 著者はスラブ言語学を中心に研究なされているようで、自身でも言うように内容としてはやや主流の言語学の考え方の紹介が中心だった。第5章のように周辺の領域に少し触れてくれているが、どうしても内容やボリュームとして限られた範囲になってしまうのは致し方ないかと思う。 本サイトで主に取り上げている批判的談話研究(Critical Discourse Studies :CDS)は応用言語学や社会言語学と呼ばれる範疇に属するもので、またいくらか異なったことばの取り上げ方をしている。 あくまで「大まかな言語学の主要な考え方を理解する」という点で、この本は的を得た説明を簡易にしてくれている。

まとめ

第1章では言語学の導入、第2章から第5章では主要な言語学の考え方、第6章では言語学の使い方といった構成になっている。 ことばに興味がある方、これから言語学を学んでみたいという高校生や大学生におすすめの一冊だ。