あんまり役立ちそうにない方法論②―言語人類学への入門編

前回の記事では、学部4年生の方法論を学ぶのに適した書籍はありますか、という質問に対し答えました。質問を再度あげます。

言語人類学の専門性を高めることに重きをおいた自主ゼミを仲間うちで行うことにしました。方法論全体を理解していくにあたっておすすめの本はありますか?(学部4年生)

この質問に対し、本記事で紹介するおすすめの文献などを参考に自主ゼミを進めてもらいつつも、その事例を学術的な理解や思考力に展開していけるような応用的・メタ的な方法論の捉え方を紹介しました。

あんまり役立ちそうにない方法論①―応用編

本記事は、入門編として言語人類学の入門書や分析アプローチの一部事例を紹介します。こうした紹介は、もちろん、初学者には役立つと思っているのですが、タイトルには「あんまり役立ちそうにない」という枕詞をつけたままです。その背景にある考えはこちらの記事で雑多に書いています。

深めていくといろいろな壁にぶち当たることもあるとはいえ、「学問」というものは「研究する」という実践を経て継承されてきた「意味」のある仕事の蓄積です。少なくとも僕はそう考えています。ですから、そんな「意味」をたどる楽しみを味わうのも一興です。本記事では、独断と偏見で選んだおすすめの言語人類学の基本事例を紹介し、研究することの「意味」を知的に観光するガイドを果たしたい、そう願って書いてみます。

言語人類学関係の入門書

最初に、言語人類学に関する入門書を紹介します。一つ目は、『言語人類学への招待 ディスコースから文化を読む』(2019年)です。日本語で読める言語人類学の概説書はかなり少なく、あっても『言語人類学を学ぶ人のために』(1996年)という少し古いものでした。そこで、古典的な文献やエスノグラフィーの事例から、現代へと至る展開の系譜、その他関連する学問分野との相違、さらにニューメディアなどの研究事例を取り上げたのが『言語人類学への招待 ディスコースから文化を読む』です。

井出里咲子・砂川千穂 ・山口征孝 (2019)『言語人類学への招待 ディスコースから文化を読む』(ひつじ書房)

とりあえず、なにを読んだらいいかわからない、という人はこの本を入り口にするといいと思います。ただ、ある程度は、学術的な知識や「研究する」ことへの認識があって読んだ方がいい内容です。その意味では、ものすごく初心者向けというよりは、まんべんなく言語人類学への目配せができる「中級編」とも言えるレベルに相当するかもしれません。

そう考えると、一般的に認知されている言語学の入門的読みものとしては新書の『はじめての言語学』(2004年)、人類学的な思考法を知るのにちょうどいい『文化人類学の思考法』(2019年)、人類学の系譜や議論を知る入門書としては『はじめて学ぶ文化人類学 人物・古典・名著からの誘い』(2018年)や『21世紀の文化人類学』(2018年)がおすすめです。言語人類学は、方法論的なジャンルとして、大雑把には「社会科学」と「経験科学(加えて、数理科学)」に該当します。なので、前回の記事でも紹介した『社会科学の考え方 認識論、リサーチ・デザイン、手法』(2017年)で紹介されている方法論の考え方も比較しながら、上記にあげていった文献を読むといいかもしれません。特に大学院進学を考えている場合は、こうしたステップを学部生のうちに踏んでおかないと後でキツくなると思います。

二つ目は、『コミュニケーション論のまなざし』(2012年)です。この書籍は、「コミュニケーション論」として紹介されていますが、言語学を中心にしつつ、言語人類学的な考え方をまとめている入門書です。深めるとけっこう難しい言語学の議論が盛り込まれているのですが、事例やその分析の仕方がサクッとまとめられてもいます。後に紹介する「社会記号論系言語人類学」の概説書です。一つ目に挙げた『言語人類学への招待』ではエスノグラフィックな研究事例や比較文化論的な分析による相違が中心に構成された入門書ですが、二つ目の『コミュニケーション論のまなざし』はより言語学理論とその抽象的な考え方を中心とした入門書です。こちらも、二冊を見比べながら「学問」だとか「研究する」ことのスタンスの相違を考えるのに適した書籍です。

小山亘 (2012) 『コミュニケーション論のまなざし』(三元社)

三つ目は、『社会言語学のまなざし』(2015年)です。この書籍は、二つ目の『コミュニケーション論のまなざし』と同じシリーズとして刊行されたもので、社会言語学の系譜や古典的事例が比較的短くまとめられている入門書です。言語人類学ではないですが、もともと二つの分野は分けられていませんでした。そういった意味でも、『言語人類学への招待』と『コミュニケーション論のまなざし』と比較しながら読むといい入門書がこの『社会言語学のまなざし』です。

佐野直子 (2015) 『社会言語学のまなざし』(三元社)

言語人類学の分析アプローチ分類とその事例

ここから事例を中心とした文献の紹介です。単行本もあれば、学術雑誌に掲載されている投稿論文も取り上げています。文献の紹介にあたって、言語人類学の分析アプローチを以下の6つに分類しています。

  1. エスノグラフィックアプローチ
  2. 記号論的アプローチ
  3. ナラティブアプローチ
  4. マルチモーダルアプローチ
  5. 批判的アプローチ
  6. 歴史・メディア研究的アプローチ

この分類は僕のオリジナルなので、どこにも書かれていません。本記事では、はじめの二つに挙げた「1. エスノグラフィックアプローチ」と「2. 記号論的アプローチ」を紹介します。言語人類学では、いずれかの分析アプローチを中心にしつつも、それぞれの方法が組み合わさって議論が紡がれています。言語人類学は、この記事でも言及したように、「(あらゆる)コミュニケーション」、「(あらゆる)ことばと社会文化の関係」を研究する、デカい野望を持った学問です。なので、個別の事例ではありつつも、どこかではきちんとつながっている、というわけです。まぁ、どの学問も本来はつながっているものではあるはずなんですが、イデオロギーがそれを悪い意味で邪魔してしまうこともあるんです(自分を含め)。余談は置いといて、おすすめの文献と事例を紹介しましょう。(以下、敬称略)

1. エスノグラフィックアプローチ

フィールドワークやエスノグラフィーといった参与観察を中心とした研究アプローチがエスノグラフィックアプローチです。その事例としてはじめに紹介するのが、『国際移動の教育言語人類学 トランスナショナルな在米「日本人」高校生のアイデンティティ』(2019年, 単行本)です。アメリカ・カリフォルニアで学ぶ日本人高校生を対象としたフィールドワークを中心としており、その高校生らがアメリカと日本で生成・変容するアイデンティティを分析した書籍です。著者である小林聡子の博論(英語)を日本語に再構成したものです。序章では、言語人類学に関する議論や文献がテキパキとまとめらている印象を受けました。ここから興味のある文献を探すのもいいと思います。事例としても、日米に限らない、いわゆる「帰国子女」を対象とした研究として今後も参照される日本語文献だと思います。学校の教室内外のやりとり、それぞれの高校生同士のグループが抱く印象やたむろする場所との関係、日米の二重的なアイデンティティやその揺らぎを示す「Jap」や「(良い・悪い)FOB」、塾や帰国子女としての受験による大学進学を契機とした経験の意味づけとその変容、さらには世代や民族の狭間が垣間見える「ハーフ」「人種」「4世」の葛藤などなど、具体的な事例と描写が豊富です。言語学に関するややこしい議論がなく、多くの日本人学生が感情移入や違和感を掬い上げやすい事例です。その意味で、一通りの入門書的な内容をおさえながら読み進める言語人類学の導入書としておすすめできる一冊でもあります。

小林聡子 (2021) 『国際移動の教育言語人類学 トランスナショナルな在米「日本人」高校生のアイデンティティ』(明石書店)

次に紹介する事例は、「スモールトークの公共性 アメリカ社会におけるおしゃべりとその詩的機能をめぐって」(『論業現代語・現代文化』, 12, 87-101, 2014年)です。こちらは、井出里咲子が著した投稿論文です。僕の指導教員はこちらの井出先生(HP: 井出里咲子研究室サイト | 研究業績)なのですが、いろいろと専門分野選びに迷っていたとき、なんやかんやあっても井出先生のもとで学ぼうと思った一つの理由が、この論文が面白かったことでした。まず導入がいいです。導入の「1. アメリカ社会の公共のおしゃべり」では、

 男性1: I like your hat.
 男性2: I like your shirt.

という短いやりとりが挿入されています。これは、休日に子どものにぎわうアリゾナ州の子ども博物館で見ず知らずの男性同士がした会話で、その掛け合いをした後に何事もなかったようにそれぞれの元の振る舞いに戻っていったそうです。この一見、謎に見える振る舞いは、地元・アリゾナ州のプロ野球チーム「アリゾナダイアモンドバックス」のロゴ入りの服装を男性二人がしていたことにありました。こうしたアメリカの公共場面で一時的な関係しかもたない相手に用いられる雑談が、この論文のタイトルに記される「スモールトーク」です。

一見、なんてことのないやりとりですが、ある特定の社会文化空間に身を置き、生活するからこそ身に付く振る舞いには、その社会文化における人々の身構え(スタンス)が映し出されています。では、どのようにその振る舞いや身構えの「傾向」を分析することができるのか。その中心的な言語人類学における分析概念が本論文でも取り上げられている「詩学(あるいは、詩的機能)」です。何気ない振る舞いを観察し、記述的に分析し、一概に分割できない公的/私的な振る舞いの所作をあぶり出す。さらに、そのコミュニケーションに含まれている歴史・社会文化的なことばや身構えを考察する。小さな気づきから大きな発見を見出す、そんな知的な「驚き」がコンパクトにまとまっているのが、「スモールトークの公共性」です。ぜひ、読んでみてください。

2. 記号論的アプローチ

記号論的アプローチとは、先ほど『コミュニケーション論のまなざし』の紹介で挙げた「社会記号論系言語人類学」の考え方に則った分析アプローチを指します。この社会記号論系言語人類学を一言で説明するのは難しいのですが、あえて雑多に言うならば「テクスト化とコンテクスト化のダイナミズムとパワー」を包括的・総合的に分析するアプローチです。社会記号論系言語人類学では、基本的に「ことば」は単体で存在するのではなく、必ず(偶然的かつ一回的な)出来事で生じ、その連鎖で文脈がつくられ、さらに次なる無数の出来事に展開していくと考えられています。けれども、すべてがまったくもって偶然の産物であり、価値観とかもただの相対的なものでしかない、といったような開き直りはしません。ことばも振る舞いも、当然ながら人間も、偶然で一回限りの存在ではある、一方で同時に文脈の中で息づいている、だからこそ文脈に(あらゆる)記号は枠づけられてもいる、このように考えます。この「枠づけられていく」というのが、いわばパワー(応答する上での微細な規範意識から暴力・権力まで)です。ここでいう、パワーには言語生成のメカニズムといった(数理的な)法則性も含まれます。「言語」そのものが歴史・社会文化的な文脈というパワーを介して、「パターン化」した「意味の集積」と考えることができます。

この説明にあるように、さまざまな哲学・思想を取り入れ、独自に昇華している理論・方法論とも言えるため、やや抽象的で難しいのが記号論的アプローチです。とはいえ、この分析アプローチでも事例は数多く挙げられているので、そこを入り口にして理解を深めるといいでしょう。 そこではじめに紹介するのが『学校英語教育のコミュニケーション論 「教室で英語を学ぶ」ことの教育言語人類学試論』(2019年, 単行本)です。

榎本剛士 (2019) 『学校英語教育のコミュニケーション論 ー「教室で英語を学ぶ」ことの教育言語人類学試論』(大阪大学出版会)

本書は、榎本剛士の博論を書籍化したものです。内容を一言で言えば、社会記号論系言語人類学に基づいて、「教室で英語を学ぶ」ことのメタ/コミュニケーションの連鎖を分析したものです。メタコミュニケーションとは、上に解説した「テクスト化とコンテクスト化」を一言でまとめた表現です。どんなコミュニケーションも文脈ありきのため、人々が生きる場・文脈やそのコミュニケーションはなにかしら一段階メタに展開されていきます。こうした包含やその影響関係は再帰性とも呼ばれます。本書では、社会記号論系言語人類学のキーワードや考え方をまとめつつ、教室内外で再帰的に連鎖する英語を学ぶ過程を分析する具体事例です。先ほど紹介した『国際移動の教育言語人類学』と読み比べしてみるのもおすすめです。

次に紹介するのは、『儀礼のセミオティクス メラネシア・フィジーにおける神話/詩的テクストの言語人類学的研究』(2017年, 単行本)です。

浅井優一 (2017) 『儀礼のセミオティクス メラネシア・フィジーにおける神話/詩的テクストの言語人類学的研究』(三元社)

こちらも、博士論文を書籍化した浅井優一の著作です。本書は、社会記号論系言語人類学の議論に則り、文化人類学にも類似するメラネシア・フィジーを舞台にしたエスノグラフィーです。「第一部 言語、意識、テクスト」では、社会記号論系言語人類学の議論が手広くまとめられており、特に榎本 (2019)よりも儀礼論についても説明されています。さらに、現代文化人類学の研究潮流ともなっている存在論的転回に対する言語人類学の先取り(かつ、ある種の優位性)が陰ながら主張されている書籍と読むこともできます。具体的なフィールドワークも、フィジー植民地政策の歴史や文章といった資料調査と分析、さらには研究対象地である村(ナタレイア)における首長の即位儀礼をめぐったやり取りなど、詳しく叙述されています。

今回、紹介している二冊だけだと部分的な紹介になりますが、社会記号論系言語人類学の射程の広さを知るのには十分な内容です。正直、記号論的アプローチの書籍や論文は、小難しく書かれていることもあり、もう少し噛み砕けば面白がって読んでもらえる人も増えるのでは…とも思いますが、そこらへん、こういった記事で自分が補足していければと思います。

おわりに

次の記事では、残りの4つの分析アプローチとそのおすすめ事例となる文献を紹介します。いろいろと書いていますが、習うより慣れろ、とした方がいい場合が往々にして多いのが言語人類学のような経験的研究です。それに、最低限の知識や方法論への理解は大事なのですが、なんだかんだ重要なのは観察力思考力です。言語人類学が射程とする範囲はとても広いので、論証の鍵となる着目点を絞る判断をしていかなくてはなりません。これができるようになるためにも、方法論や論証の展開の仕方を事例から理解していくことが重要になるわけですが。自分が「書く側」になると、そういう視点が少し芽生えると思います。なので、いわば「読む(消費する)」ことから「書く(生産する)」ことが大事です。身近な大学院生とか、大学の教員、あるいはその他のメディア媒体で「書く人」たちがなにをどう意識しているのか、自分ならどうするか、そういった観察と思考のトライアンドエラーを意識的に繰り返すのも立派な「方法論を学ぶ」ことだと思います。

というわけで、今回、紹介している事例は研究成果としてまとめられたものなので、本当は方法論うんぬんよりもその成果をまとめるまでの経緯やその苦労を経験者から聞き出した方が研究する上では意外と役立つと思います。具体的な経験やその身振り・感情に近づくと、ある種の気合いが伝播してやる気が出ることもありますしね。入門書として紹介した『言語人類学への招待』に著者の経験談が書かれているのでそこも参考にしてみてください。次回で最後です!