最近、個人的には生成AIに触れない日はありません。苦手な文章が一瞬で書けたり、資料作成が爆速になったり、確かにぼくたちが文章を「書く」こと、何かを「作る」ことは、かつてないほど簡単になってきたのを実感します。
でも、ふと思うことがあります。 コンテンツの質・量が増殖する一方で、ぼく含め、私たちは目の前の情報の歴史を、あるいは社会の空気のメカニズムを、本当に「読めて」いるのでしょうか?
そんなモヤモヤを解きほぐす、イベントを開催します。 来る2026年1月30日(金)、上野にある「学術バーQ」で開催される『AI時代の空気を「読む力」』というイベントです 。

「書く力」よりも、今は「読む力」が必要?
今回の企画の肝は、「今、必要なのは『書く/作る力』よりもよく『読む力』だ」というテーマ設定にあります。
かつて電信線が荒野を切り拓いたように、今、生成AIはあらゆることば、画像、動画を「学習データ」として飲み込み、世界を記号で埋め尽くそうとしています。そんな「記号」に回収されがちな時代だからこそ、単に情報を処理したり、正解を当てにいったりするのではなく、「どこに必然性を見出すのか」という「読む力」を考えたい。そう思い、この場を設けました。
言語人類学で「自己責任論」を解剖する
企画者・登壇者の青山は、言語人類学を中心としたディスコース研究が専門です。イベントでは、青山が10年取り組んできた日本の「自己責任論」の研究成果を踏まえつつ、以下の視点から議論を深めていきます。
- 日本社会の「空気」と「自己責任」
日本社会で繰り返される「自己責任論」を言語人類学的詩学のメスで解剖し、公的/私的な責任の所在をどう読み替えていくか。 - AI時代の「3つのあい」
リチャード・ローティの「アイロニー」や詩学を通して、逃れがたい個人主義やシニシズム(冷笑)とどう向き合うか。
「自己責任」ということばが持つ独特の〈空気〉を、学術的な視点から読み解く時間は、きっと今のぼくたち自身をななめ下から見つめ直す機会になるのではないかと思います。
金曜の夜、上野で「雑談」しましょう
会場の「学術バーQ」は、その名の通りお酒を片手に学術的な話ができる場所です。一方的な講義形式ではなく、前半はさながらゼミのような雰囲気で、後半にはフリートークの時間もたっぷりあります。
昨今の大学・研究環境のことや、言論状況についてなど、ざっくばらんに語り合いましょう。「AI時代、ことばとどう付き合う?」というテーマにピンと来た方、ぜひふらっと遊びに来てください。
イベント概要
AI時代の空気を「読む力」―言語人類学で読み解く日本と「私」の自己責任論―


大まかなイベント内容
本イベントでは、AI時代に必要な“ガチ”の教養を深めます。テーマは「二つの詩学」です。一つ目は、AIの原理や社会の前提を記号論的に読み解く言語人類学的詩学。日本社会で繰り返されてきた「自己責任論」を事例に、私たちが無意識に読んでいる〈空気〉の構造と、その読む力の可能性と限界を検討します。二つ目は、哲学者リチャード・ローティの「リベラル・アイロニズム」。詩学の限界をどう乗り越えうるのかを手がかりに、AI時代の「3つのあい(AI・I・愛)」について考えます。最後に、これらを踏まえ「あそび(余白)」という視点から、次世代につながる知のあり方を検討します。
メッセージ
難しい話を「わかりやすくする」場ではなく、普段感じているモヤモヤや違和感を、少しだけ言葉にできるようになる夜にしたいと思っています。正解を出す場でも、勉強会でもなく、各々の問いを深めるための場です。飲みながら、聞きながら、語りながら、じっくり考える。AI時代の「空気」をどう生きているのか、一緒に立ち止まってみませんか。
このような方におすすめ
- 大学の教養課程などで人文社会系の学問に触れ、「面白い」と感じつつも、どこか難しさや距離感を覚えた人。
- ニュースやSNSの言葉遣い、AIをめぐる議論、日本社会の「空気」に違和感を持ち、その背景をもう一段深く考えてみたい人。
- 「ゆる○○学」より一歩踏み込んだ視点に興味のある方。