「エスキモーは雪を表すことばを何十個も持っているから、私たちとは違う雪を見ている」
「言語が思考を決定する」
そんなミステリアスな話を聞いて、ワクワクしたことはありませんか? これらは言語学で「言語相対論(サピア=ウォーフの仮説)」と呼ばれ、最も有名で、かつ最も誤解されているテーマの一つです。大変有名なので、これについて動画でも解説しています。
(青山俊之のゆるす責任論|ことばと空気ゼミ、2026/01/07)
この記事では、動画で触れきれなかった「未来形がない言語はお金持ちになる」という行動経済学の説が、なぜ言語学的に無理があるのか、その証拠データを交えて深掘りします。
言語相対論(サピア=ウォーフの仮説)とは何か?
サピア=ウォーフの仮説とは、エドワード・サピアとその弟子ベンジャミン・リー・ウォーフによって提唱された、「言語構造が、その話し手の思考や認識に影響を与える」という考え方です。


この仮説には、大きく分けて2つのレベルがあります。
- 強い仮説(言語決定論):
言語が思考を「決定」する。「そのことばがなければ、その概念を認識できない」という極端な立場です。現在の言語学・心理学では、この説はほぼ否定されています。 - 弱い仮説(言語相対論):
言語は思考や習慣に「影響」を与える。たとえば「色の名前が多い言語の話者は、色の識別に敏感」といったレベルの影響です。この弱い説は、現代でも支持されています。
「Empty(空)」と書かれたドラム缶の悲劇
提唱者の一人であるウォーフは、元々火災保険会社の調査員でした。彼がこの説を論じる中に、ある工場での火災事故のエピソードがあります。

その工場では、作業員たちが「ガソリンが入ったドラム缶」は「危険」と認識して近づきませんでした。しかし、中身を使い切り、「Empty(空)」という張り紙がされたドラム缶の近くでは、平気でタバコを吸ってしまったのです。
物理的な現実を見れば、液体が入っている時よりも、空になって「気化ガス」が充満している状態の方が爆発の危険性は高いのです。しかし、人間は「気化ガス」という見えない現実よりも、「Empty(空っぽ=何もない=安全)」という「ことばのラベル」の方を信じて行動してしまった。その結果、引火して爆発事故が起きました。
ウォーフをはじめとした強い仮説を支持する人々は、こうした事例を見ながら、「言語習慣が人間の行動を支配しているのではないか」と考えたのです。
インテリすら騙される? ゾンビのように蘇る「強い仮説」
「言語が思考を決定する」という強い仮説は、特に1990年代からさまざまな実証実験が行われ、「そこまでとは言えない」と学術的には否定的な見解が主流です。しかし、この説はあまりにもストーリーとして魅力的なためでしょうか、形を変えて何度も蘇ってきます。
その代表例が、10年ほど前に話題になった行動経済学者キース・チェンによる「未来形と貯蓄」の説です。
「未来形がないとお金持ちになる」説
チェンはTEDトークなどで、次のように主張しました。
中国語のように未来時制を持たない(文法的に未来と現在を区別しない)言語の話者は、未来を「現在の延長」として身近に感じるため、貯蓄率が高く、健康にも気を使う。一方、英語のように未来形(willなど)を持つ言語の話者は、未来を遠いものと感じてしまい、貯蓄が苦手になる。
一見、データに基づいた説得力のある話に聞こえます。しかし、言語学者ジョン・マクウォーターらの検証により、この説には致命的な欠陥があることが指摘されています。
批判①:ロシア語の分類ミス
マクウォーターは著書『The Language Hoax』の中で、チェンがロシア語を「未来形あり(Strong FTR)」に分類したこと自体が言語学的に誤りであると指摘しています。
ロシア語には、英語の will やフランス語の未来形活用に相当するような、純粋な「未来マーカー」は存在しません。ロシア語学習者が苦労するように、ロシア語ではアスペクト(完了体・不完了体)の変化などで未来を表現しますが、それはチェンの定義で言えば「未来形なし(Weak FTR)」に分類されるべき特徴です。
批判②:スラブ語派のデータ崩壊
さらに決定的なのが、ロシア語と同じような文法構造を持つ「スラブ語派」の国々のデータです。以下のグラフは、チェンの論文にある「言語ごとの貯蓄率」のデータ(Figure 4.1)です。

このグラフの矛盾点を見てみましょう。
- ロシア語、チェコ語、ポーランド語は、文法構造(未来表現の仕組み)がよく似ています。
- しかし、グラフ上での位置(貯蓄率)はバラバラです。
- チェコ(Czech Republic):左側にあるので「高貯蓄」。
- ポーランド(Poland):右側にあるので「低貯蓄」。
- スロバキア(Slovak Republic):真ん中あたり。
もし「文法が貯蓄行動を決定する」という説が正しいなら、同じ文法構造を持つこれらの国々は、グラフ上で固まっている(クラスター化している)はずです。しかし実際は、左端から右端まで無作為に散らばっています。
このデータが示しているのは、「貯蓄率を決めているのは言語(文法)ではなく、その国の文化や経済状況である」という、ごく当たり前の事実です。
言語イデオロギー論の意義と倫理
なぜ、現代のインテリであるキース・チェンは言語相対論の「強い仮説」を甦らしてしまったのでしょうか? その「あやしい説」を私たちも信じたくなってしまうのだとしたら、それはなぜなのでしょうか?
それは、私たちが無意識に使っている複雑な言語構造よりも、意識しやすい「単語」や「文法ラベル」に注目し、それを世界観の理由として後付けしたがる傾向があるからです。これを言語人類学では「言語イデオロギー」と呼ぶことがあります。
言語イデオロギーとは
言語イデオロギーとは、言語構造そのものが物理的に脳の配線を変える(強い仮説)のではなく、「人々がことばに抱く無/意識」こそが、言語構造・言語使用、その変容、そして現実の認識を構築しているという視点です。
冒頭の「空(Empty)のドラム缶」の事例を思い出してください。あれは、「Emptyという単語の響き」が脳神経を変えたわけではありません。作業員たちが「Emptyということばは『安全』を意味するはずだ」というイデオロギー(思い込み)を強く信じていたからこそ、物理的な危険性が見えなくなってしまったのです。
「ズレ」に自覚的になること
「日本語は論理的ではない」「英語は論理的だ」
こうした言説もまた、事実というよりは一つの「言語イデオロギー」です。私たちが学ぶべきは、単に「どの言語が優れているか」という比較ではありません。
自分が「なぜこのことば遣いを失礼だと感じるのか?」「なぜ英語が話せないと恥ずかしいと思うのか?」といった感情の背後にある、社会的な「空気」や「偏見(イデオロギー)」の存在に気づくこと。
この「ズレ」に自覚的になることこそが、ことばに使われるのではなく、ことばという道具を使いこなすための第一歩なのです。
結論──AIとことばの関係を考える
「言語が違えば世界も変わる」
このことばは、半分は嘘で、半分は本当です。言語の文法が勝手に世界を変えることはありません。しかし、私たちがことばに投影する「思い込み」は、確かに私たちの世界の見え方を変えています。
最近話題の「AIに人格を感じる」という現象も、実はこの言語イデオロギーの問題そのものです。
流暢なことばを話し、ましてや私たちを「気遣ってくれる」存在には、「知性」や「心」が宿っているはずだ、少なくとも大切な存在だと感じる──そんな私たちが抱く「幻覚」もまた、AIという鏡に映し出されているのかもしれません。
このあたりに興味を持った方は、ぜひ動画をチェックしてみてください。AIと言語イデオロギーの関係について、さらに詳しく語っています。
(青山俊之のゆるす責任論|ことばと空気ゼミ、2026/01/07)