詩というと、俳句や現代の広告コピーなどを思い浮かべる人が多いかもしれない。しかし、言語人類学の中心に位置づけられる「詩学(ポエティクス)」における「詩的機能(poetic function)」とは、もっと即物的な「ことばのリズムと反復」のメカニズムを指す。
詩的機能は、ロシア出身の言語学者ローマン・ヤコブソンが提唱した「言語の6機能」のひとつであり、その中で中心的な役割を果たしている。これらの機能はあくまで言語の機能的なはたらきの重層性を示していて、ここでいう機能は指標性である。

詩的機能の定義と意義
ヤコブソンは、これを次のように定義した。
等価の原理を選択の軸から結合の軸に投射する
Jakobson (1960: 358)
The poetic function projects the principle of equivalence from the axis of selection into the axis of combination
少し難しく聞こえると思うが、イメージ図でも確認してみよう。

「コース料理」から考える詩的機能
ことばで文章を組み立てるプロセスを、レストランでコース料理を注文する場面に例えてみると、この定義の意味するところが掴みやすくなる。
Y軸の「範列(類似性の原理)」は、メインディッシュの欄に「ステーキ」「パスタ」「カレー」など、「メインディッシュになりうる」共通点(類似性)を持ったグループである。ところで、実際の料理は、「サラダ」→「スープ」→「パスタ」のように、種類豊富な料理がテーブルに並んでいく。このように、選ばれた料理が、時間の流れに沿って横一列に結合し、実際のコース(文章)が出来上がる。
通常、ぼくたち人間が普通の文章(コース料理)を作るときは、「主語+動詞+目的語(サラダ+スープ+メイン)」のように、それぞれ役割の違うことばを組み合わせて作る。実際には、文法のルールだけではなく、言語コミュニケーションには音・意味・行動など、さまざまな要素が複雑に絡み合って「ひとつのテクスト(文章やコース)」が出来上がっている。
詩的機能の学術的な解釈・再考
詩的機能とは、この複雑な要素を分解し、同時にまとめ上げる言語コミュニケーションの記号的なプロセスを読み解く、メタ的な分析概念である。メニューの縦のリストにある「似ているもの同士(類似性)」というルールが、横の並び(文章)に持ち込まれると(=投射される)、ある「パターン」や「型」が浮かび上がってくるはずだ。ごく単純に言えば、この「反復」を原理としてメッセージが生成・強調されるメカニズムが詩的機能である。
近代言語学の祖であるソシュールの記号論で言い換えると、類似的なカテゴリーである「範列(paradigm)」が、連続的な記号として生成する「連辞(syntagm)」に投射される現象が詩的機能である(浅井 2017: 40)。
ぼくたちがことばを発するとき、そこには「何を伝えるか(意味・情報)」だけでなく、「どういう並びになっているか(音の響きやカタチ)」という、メッセージそのものへの指向性が働いている。この詩的機能に着目することで、儀礼や政治スローガンといったものが、人々にどのような印象を与え、集団的に影響力を持つのかを読み解くことができる。
なぜ「正論」は響かないのか?
ここで少し、日常のコミュニケーションを振り返ってみよう。
「言っていることは正しいし、筋も通っているのに、なぜか議論で負ける」「中身の薄いことを言っている隣の人のほうが、なぜか周囲の心を掴んでいく」という理不尽な経験はないだろうか?
ぼくたちはことばが通じないとき、つい「意味」や「論理」の伝達ばかりに気を取られてしまう。しかし、人間の脳は情報としての「正しさ」だけでなく、ことばの配置や響きが生み出すグルーヴ(心地よさ)にも強く反応する。
意味ばかりを研ぎ澄ませて、このことばの肌触りを無視してしまうと、相手の脳は受け取りを拒否してしまう。正論を黙らせてしまう力。それこそが、ことばの質感によって判断をこっそり操る「詩的機能」の正体でもある。
大衆を熱狂させた「I like Ike」の魔力
この「ことばのリズムが意味を凌駕する」現象を如実に示したのが、1952年のアメリカ大統領選挙であった。当時、大統領候補だったドワイト・D・アイゼンハワー(通称・アイク)が掲げたスローガンがこれである。
I like Ike(アイ・ライク・アイク)
意味だけを翻訳すれば「私はアイクが好きだ」という非常にシンプルなものだが、このことばは大衆を熱狂させ、選挙を大成功に導いた。ヤコブソン自身も、詩的機能が顕著にはたらいている一例としてこれを挙げている。
なぜこのスローガンがこれほどまでに効いたのだろうか? 秘密は、そう「音が気持ちいいから」だ。三つの単語の中に「//ay//」という音が畳みかけるように埋め込まれ、さらに「//…I…k…k//」という子音がシンメトリカルに続くことで、極めて気持ちの良い音の反復(こだま的な脚韻)を生み出している。さらに読み解くと、わずか三語による表現で、愛されている対象(Ike)が「包まれる」というイメージまでも喚起していた。
当時のアメリカは冷戦や朝鮮戦争の泥沼化によって社会全体が疲弊しており、対立候補の論理的で完璧な演説は「頭でっかち」として敬遠されていた。人々は論理的な正しさよりも、「言いやすい」「気持ちいい」「なんか安心する」という陽気なリズムの合言葉を求めていたのだ。
人々は必ずしも納得したから支持したわけでも、意味を深く理解したから動いたわけでもなかった。ことばの「カタチ」と「リズム」がもたらす快楽が、国家の政治的選択にまで直結してしまったことを、このアメリカ政治の歴史は物語っている。
ことばを「意味の奴隷」から解放する
詩的機能は、単なるポエムではなく、社会を動かす力関係(型)を読み解く鍵にもなる。だからといって、「中身のない耳心地の良いことばで相手を操ろう」と言いたい訳ではもちろんない。大切なのは、ことばには意味以上の力が働いていることを知り、時に「分析する目」を持つことである。
「なぜこのキャッチコピーは記憶に残るのか?」
「なぜこの人の話に引き込まれるのか?」
そう感じたとき、表面的な解釈だけでなく、隠された「リズムや韻」ということばのメカニズムを面白がってみてほしい。意味と詩的機能、二つのフィルターを使い分けられるようになれば、ことばとの付き合い方はより知的で面白いものになるはずだから。
参考文献
- 浅井優一(2017)『儀礼のセミオティクス メラネシア・フィジーにおける神話/詩的テクストの言語人類学的研究』三元社
- 榎本剛士(2019)『学校英語教育のコミュニケーション論 「教室で英語を学ぶ」ことの教育言語人類学試論』大阪大学出版会
- ロマン・ヤコブソン、桑野隆・朝妻恵理子 編訳(2015)『ヤコブソン・セレクション』平凡社
- Jakobson, Roman (1960). Closing statement: Linguistics and poetics. In Sebeok, Thomas A. (Eds.) Style in Language, pp. 350-377. Cambridge: MIT Press.
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